2017年04月07日 1472号

【シネマ観客席/わたしは、ダニエル・ブレイク/ケン・ローチ監督 2016年 英・仏・ベルギー 100分/尊厳と命を奪う新自由主義】

 最愛の妻を失い、今は一人暮らしのダニエル・ブレイク59歳。英国北部の都市で建具大工をしてきたが、心臓発作を起こして以降、医者に仕事を止められている。映画は彼が雇用支援手当の継続手続きを受けている場面から始まる。

 電話の相手は政府から委託された民間企業の職員。形式的な質問の連続に苛立つダニエル。数日後、「就労可能。手当打ち切り」の通知が届いた。やむなく求職者手当を申請をしようとするが、申し込みはオンラインのみ。パソコンの使えない彼は途方に暮れる。

 職業安定所を訪れると、シングルマザーのケイティが職員に冷たい扱いを受けていた。ダニエルは我が事のように憤慨。自分の生活も苦しいのに、ケイティ親子3人の生活を何かと手助けする。だが、福祉切り捨ての嵐が次第に彼らを追い詰めていく…。

  *  *  *

 本作品を貫いているのは、弱者切り捨ての新自由主義に対する痛烈な批判である。2010年、保守党政権が緊縮財政政策に舵を切って以来、英国では福祉・医療費が大幅に削られ、労働者の生活を直撃した。

 公的支援を受けるには政府の審査をパスしなければならない。だが、劇中のダニエルのように具体的な病状などは考慮されず、一方的な質問の答えだけで「就労可能」かどうかを判断される。「求職活動」をしなければ手当は打ち切り。だからドクターストップがかかっていても「職探し」をしなければならない。まったく何という不条理か。

 面倒で融通が利かない行政システムには理由があるとケン・ローチ監督は言う。「庶民に無力感を与えるためです。冷酷に、貧困の原因は自己責任だと追い詰める。あなたに仕事がないのは、あなたが悪いせいだと責め、とても屈辱的な思いをさせるんです」。この指摘は日本の生活保護制度にもそのままあてはまる。

 制度に翻弄され、自暴自棄になったダニエルは手当などいらないと言い出す。尊厳を傷つけられることに耐えられなかった。そんな彼を今度はケイティが励まし、雇用支援手当の再審査に挑む。ところが−−。

 救いのない結末だと感じる人は多いだろう。だが、これが新自由主義に支配された国の現実なのだ。ダニエルは友人や隣人に恵まれていたほうだったし、役所の中には親切にしてくれる人もいた。でも、個人の善意だけではどうにもならない。なぜならこれはシステムの問題だからである。

 解決策はあるのかと問われたケン・ローチ監督は抜本的な変革の必要性を示唆している。「過剰な利益を追求せず、誰もが協力しあい、貢献し、歓びを得られるような仕組みを作り、大企業とは違う論理で、経済をまわしていくこと。それは、社会主義と呼ばれるものです。旧ソ連のものとは違います。あくまで民主主義の上で成立する、社会主義なんです」   (O)

ホームページに戻る
Copyright Weekly MDS