2019年06月14日 1579号

【どくしょ室/体罰と戦争 人類のふたつの不名誉な伝統/森田ゆり著 かもがわ出版 本体2400円+税/根源にある不安と恐怖】

 本書は体罰と戦争を「人類のふたつの不名誉な伝統」としてその共通点を説く。

 体罰と戦争は「悪い子どもだから折檻(せっかん)する」「ならず者国家だからやむなく空爆する」とどちらも大義名分が語られ、多くの人が仕方がないと黙認してきた。そして、どちらも犠牲者は社会的に弱い人びとであり、重大な人権侵害なのだ。

 体罰と戦争はともに恐怖、不安という感情をもたらす。

 殺人など重大犯罪の背景の一つに、体罰経験による不安や恐怖の感情がある。幼児期からの体罰による恐怖や不安は、抑圧された深い感情として長くとどまり、追い詰められた状況では「お父さんに怒られる」と幼い頃の不安に支配され、パニック状態を引き起こしうるほど強力だ。

 不安のもう一つの危険な要素は、たやすく伝染することだ。ナチスの幹部だったゲーリングは「国民は常に指導者たちの意のままになるものだ。簡単さ。自国が外国から攻撃されていると言うだけでいい」と語った。この発言の半世紀後、同時多発テロで不安に乗っ取られた米国民は、議会もろともブッシュ政権の狂気≠ノ巻き込まれ、イラク戦争に突入した。2017年「北朝鮮ミサイル発射実験」に対して日本政府が主導し、Jアラートや避難訓練、マスコミの危機報道で日本中に不安が伝染した。不安は思考停止と強いリーダーの登場を求める。

 「怒り」もやっかいな感情だ。戦争では「怒り」が増幅され、想像もしない残虐な行為に発展する。体罰、虐待も「怒り」の表現だ。親のイライラが子どもへの暴力となり、エスカレートしていく。だが、実は「怒り」の背後には、悲しみや絶望、喪失感など深刻な傷つき体験がある。著者は「怒りの仮面」と名付ける。

 本書は、子どもの大量殺人となった2001年池田小襲撃事件を取り上げる。公判での被告証言などを通して、こうした恐怖、不安、怒りがジェンダー差別も相まってどれほど深い闇をつくりだしてしまったかを明らかにする。

 著者は、体罰がおとなの感情のはけ口であるならば、戦争はばく大な利権欲求のはけ口だと言う。戦争は大義のためより軍産複合体の利益へのニーズで始まり、拡大することを指摘する。

 体罰も戦争も、その体験者に深刻なPTSD(心的外傷後ストレス障害)を引き起こす。米帰還兵の自殺率は戦死者を超える。旧日本兵においても多数のPTSD発症者が存在し、沖縄戦体験者のPTSDも深刻な実態にある。著者は、戦争出前噺で自らの戦争体験を語り続けた故本多立太郎さんと交流があり、本多さんが捕虜殺害を強制されたトラウマに苦しんでいたことも紹介している。

 著者の結論は明快である。戦争も体罰も「絶対にしないと誓い、その宣言実行システムが必要」ということだ。 (N)
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