2019年07月12日 1583号【シネマ観客席／新聞記者／藤井道人監督 2019年 日本 113分／形だけの民主主義でいいのか】 |
国家権力の闇に迫ろうとする新聞記者。「情報操作」の任務に疑問を抱くエリート官僚―。公開中の映画『新聞記者』（藤井道人監督）は、安倍政権下で起きた現実の事件を思わせるエピソードをふんだんに盛り込んだ政治サスペンス劇である。この国の異常さを浮かび上がらせ、「本当にそれでいいのか」と問いかける意欲作だ。ある官僚の死吉岡エリカ（シム・ウンギョン）は東都新聞社会部の若手記者。韓国にルーツを持ち、米国で育った。「おかしいことはおかしいと言う」が彼女の信条だ。ある日、国家戦略特区制度を利用した医療系大学の新設に関する書類が社会部に送られてくる。差出人は不明。どうやら、首相の「おともだち案件」に関する公文書のようだ。吉岡はリーク元と見られる内閣府の官僚・神崎（高橋和也）にたどり着くが、取材しようとした矢先、神崎は投身自殺してしまう。 その死に大きな衝撃を受けた者がもう一人いた。外務省から内閣情報調査室（内調）に出向中の杉原拓海（松坂桃李）である。彼にとって神崎は、外務省時代の尊敬すべき上司であった。 杉原の内調での仕事は、ガセネタをネットに拡散しての情報操作など、家族には誇れぬことばかり。それでも官吏として上からの指示を粛々とこなしてきたが、恩人の最期の言葉に接し激しく動揺する。「俺たちは一体、何を守ってきたんだろうな」 官邸が「大学新設」を隠れみのに進める極秘計画とは何か。ことの真相を探るべく、吉岡の協力要請に応える杉原。そんな２人に内調の魔手が忍び寄っていた…。 安倍政権への危機感この映画の出発点は安倍政権への危機感だと、河村光庸（みつのぶ）プロデューサー（69）は言う。「この数年で起きている民主主義を踏みにじるような官邸の横暴、忖度に走る官僚たち、それを平然と見過ごす一部を除くテレビの報道メディア。最後の砦である新聞メディアでさえ、現政権の分断政策が功を奏し『権力の監視役』たる役目が薄まってきている」（6/23付「論座」）そんな中で、官邸の圧力に屈せず質問を発し続ける東京新聞の望月衣塑子（いそこ）記者の姿を見て、どうしても映画化したいと思ったという。ただし、本作品は望月記者の同名著書の映画版ではない（原案クレジットはあるが）。脚本原案は実名がバンバン出てくるドキュメンタリータッチのものだったが、藤井道人監督の意向で変更することになった。 藤井監督は32歳。森友・加計学園事件も「よく知らなかった」と話す。そんな「新聞を読まない世代」の監督がこだわったのが、組織内における個人の良心と葛藤だ。「エリート官僚＝権力＝悪」という紋切り型の描き方では、政治に関心のない者には響かないとの判断があった。 官僚のリアルな姿を知るべく、監督は実在の官僚たちへの取材を重ねた。彼らは公権力に批判的なジャーナリストを「あいつらは癌だ」と忌み嫌い、世論操作を「国を守るための対抗措置」と正当化していた。その一方で「いたしかたない」という言葉を連発していたという。まさに劇中の内調職員のように。 現実の事件とリンク完成作品は当初の構想よりもエンタメ要素の濃いものになった。ただし、映画に出てくるエピソードは安倍政権下で起きた現実の事件を模している。国家戦略特区制度にまつわる不正、公文書偽造を強いられた官僚の自殺、醜聞を捏造しての野党議員つぶし、総理のお気に入り記者の性犯罪もみ消し等々。一例をあげると、レイプ被害を告発した女性と野党議員との結びつきをでっち上げるよう杉原が上司に命じられる場面があるが、これはほぼ実話である。内調は事実無根のチャート図を作成し、ネトウヨがたむろする巨大掲示板や子飼いの新聞記者・週刊誌にばらまいた。 政権に不利な証言をした元官僚のスキャンダルが一斉に報道されるくだりは加計学園事件そのままだ。読売新聞が元文科省事務次官の「出会い系バー通い」を記事にした件である。公安警察出身の杉田和博・官房副長官が指示したものと言われている。 杉田は同じく公安畑を歩んできた北村滋・内閣情報官とのラインで政権の危機管理対策を担ってきた。警察官僚の悲願であった特定秘密保護法の制定を強力に推し進めたのも彼らである。長きにわたる安倍支配は官邸の私的謀略機関と化した内閣情報調査室が支えている。映画は決して作り事ではない。 ＊ ＊ ＊ 保身と良心の葛藤で逡巡する杉原に、吉岡は「このままでいいのですか」と問いかける。もちろんこれは「安倍政権でいいのか」という観客へのメッセージでもある。河村プロデューサーによると、映画公開日は参院選の公示前を最優先して決めたのだという。気骨ある映画人の問題提起を受けとめてほしい。 （Ｏ）   |