2019年08月16・23日 1588号

【どくしょ室/歴史戦と思想戦 ―歴史問題の読み解き方―/戦争犯罪否定のトリック/山崎雅弘著 集英社新書 本体920円+税】

 ドキュメンタリー映画『主戦場』が各地で異例のロングランを続けている。「慰安婦」問題をはじめとして、歴史修正主義者たちの品性下劣な本性を彼らへのインタビューによって明らかにし、反響を呼んでいる(1576号参照)。

 本書は、手に取りやすい新書で、「歴史戦」(2014年から産経新聞がキャンペーン)をキーワードに、かつての日本軍による戦争犯罪を「なかった」とする主張を事実と論理で検証する。多くの市民は、書店やメディア、ネットなどにはびこる戦争犯罪否定論者の主張に違和感を感じつつ、どこがどう間違っているのかを自分のことばで十分説明できるわけではない。本書は、事実に基づいてそのトリックを見破り、モヤモヤ感を解消させる。

 歴史修正主義者たちが「従軍慰安婦」「南京虐殺」を全面否定するのは、中国や韓国が仕掛ける「歴史戦」という戦争に勝利しなければならないと思っているからだ、と筆者は分析する。中韓が日本軍の戦争犯罪を宣伝し、日本の名誉を傷つけ、日米同盟に亀裂を入れようとしていると言う。

  筆者は、「日本が攻撃されている」とする主張のトリックを丁寧に追う。「従軍慰安婦問題」などで問題とされるのは「大日本帝国の犯罪」で戦後の「日本国」ではない。しかし、「大日本帝国」と戦後の「日本国」を区別せず「日本」とすることで、現在の日本が批判されているように見せかける。そして、「日本はそんな悪いことをする国ではない」という結論を前提として主張することで「大日本帝国」を擁護する立場を正当化する。

 「歴史戦」のお手本になっているのが戦時中に展開された「思想戦」だ。日中戦争の長期化で政府が強化した「思想戦」では、日本の戦争は「侵略ではなく自衛のため」とする主張を国内外に宣伝し、自国に不利な情報、言論を厳しく取り締まった。当時、治安当局が「思想戦」の最大の敵としたのが共産主義インターナショナル=コミンテルンだ。“コミンテルンが反ファシズム統一戦線を主張し、自由主義者とも連携している”として、軍・政府に批判的な言論を封殺し、弾圧の範囲を拡大していった。

 今日の「歴史戦」においても、日本の対米開戦も、戦後の日本国憲法制定も、すべて「コミンテルンの陰謀」として展開される。コミンテルンは1943年に解散しており、そうした論理がまったく荒唐無稽であることは誰の目にも明らかなのだが。

 「歴史戦」は現在の国際世論の下で「大日本帝国」の名誉回復を目的としている限り、勝利する可能性はゼロだ。しかし、その狙いが、戦争国家づくりをめざす改憲のためである以上、より広範な市民一人ひとりが歴史歪曲に対抗し、その芽を積んでいくことが重要となっている。  (N)
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