2005年03月04日発行877号

【寝屋川・教職員殺傷事件 / 監視・排除は戦争国家の論理 / 「学校の要塞化」でいいのか】

 大阪府寝屋川市の小学校で起きた教職員殺傷事件を契機に、「学校のセキュリティ強化」が全国規模で推し進められようとしている。だが、「安全のためなら何でもあり」という風潮には危ういものを感じずにはいられない。不安を煽り、その解消策として強権的な手法を容認させていく手口は、戦争国家づくりの動きとつながっているからである。

警察の校内巡回も

 寝屋川の事件を受け、各自治体は競うようにして「学校のセキュリティ強化」に乗り出している。府内の全公立小学校に警備員を配置(大阪府)、公立の幼稚園、小・中学校の教職員全員に催涙スプレーを常時携帯させる(東京・中野区)、警察OBの指導で、県内の全小学校に「学校安全パトロール隊」を設置(富山県)等々。

 東京・江東区にいたっては、小・中学校の警備強化策として警察に校内巡回を要請した。これは突出した事例ではない。政府は2月18日、文部科学省や警察庁など関係省庁が連携を深め、学校の安全対策を強化することを確認している。つまり警察の治安対策に学校を組み込もうというわけだ。

 「子どもの安全を守る」を大義名分に、物理的障壁と監視を張り巡らせる−−こうした動きは学校の中だけで終わらないだろう。子どもへの性犯罪や連れ去り事件は学校の外で起きているからだ。

 防犯ブザーや居場所を把握できるGPS機能付のランドセルを子どもに持たせても、それが安全の切り札にならないことは誰もが感じている。となると、安全要求が不審者の監視・排除という方向にエスカレートしていくことは目に見えている。実際、奈良の小学生誘拐殺害事件をきっかけに、性犯罪前歴者の情報を公開せよという議論が巻き起こり、一気に制度化へと突き進もうとしている。

 寝屋川の事件の場合、小学校を襲った少年は同校を卒業した地域住民の一人だった。学校をとりまく地域に、どのような悪意が潜んでいるかわからない−−そうした意識で防犯対策を行うということは、地域住民すべてを治安当局の監視下に置くことを意味する。はたしてそれは「子どもの安全を守る」ために仕方のないことなのか。

子どもに悪影響

 もちろん答えは否である。第一に、「監視と排除」の手法では犯罪の原因を除去できない。むしろ、人生につまづいた者から立ち直りの機会を奪い、犯罪に走る要因を拡大することになる。

 「引きこもり」や「ニート」が問題だと言うなら、若年層を直撃している雇用破壊の実態に目を向けるべきだ。性犯罪者の「再犯率が高い」というなら、更生システムの貧困をただすべきなのだ。彼らの存在自体を危険視する議論は、グローバル資本主義がもたらす生活破壊や地域社会の解体、抑圧や差別が犯罪の土壌になっていることを覆い隠す役割をはたしている。

 次に、「犯罪の恐怖」をことさら強調することは、子どもたちはもちろん社会全体に悪影響を及ぼす。「知らない人を信用してはいけない」と教え込むことは「他者の排除」とイコールである。これが前提になってしまうと、自由な市民社会など成立しない。

 一方、国家権力の側からすると、願ってもない話である。何もかもが恐ろしい人々は、「信頼の欠如」からくる不安を強大な権力にすがりつくことで解消しようとする。そうした心性に戦争国家づくりの策動は付け込んでくる。

 具体的に言うと、「何をしでかすかわからない奴は取り締まれ」という意識は、「“ならず者国家”に対抗する軍備増強」あるいは「先制攻撃」の容認へとたやすくスライドする。寝屋川の事件を伝える新聞各紙が、弾道ミサイル迎撃のための自衛隊法改正の動きを同じ紙面の中で報じているのは決して偶然ではない。市民の意識下に「得体の知れない恐怖」を植えつける世論操作とみるべきだ。

元凶はグローバリズム

 「アメリカの人々は、絶え間なく過剰な脅威に攻め立てられている。恐怖の攻撃があまりに激しいので、社会や世界を苦しめる真の問題に集中できなくなってしまうほどである。他方、恐怖があまりに強いため、不安を晴らすためならどんな手段も厭わなくなる。より多くの刑務所を建設し、より厳しい罰を与え、より多くの拳銃を所持し、より強力な軍備を固めようとするのだ」(ジャン・ユンカーマン / 米国の映画監督)

 この指摘は戦争国家への道を突き進む日本の状況にもあてはまる。マスメディアを使った「恐怖」の煽動は人々から冷静さを奪い、判断力を曇らせ、強権的な手法以外に問題解決の道がないかのような錯覚に陥らせる。「治安の悪化」キャンペーンしかり、「北朝鮮の脅威」キャンペーンしかりである。

 グローバル資本主義がもたらす社会荒廃を放置しておいては、子どもの安全は守れない。この基本を見失ってはならない。      (M)

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