2007年04月20日発行982号

【教科書「集団自決」歪曲 / 文科省検定、「日本軍による強制」を削除 / 史実の抹殺という戦争準備】

 沖縄戦「集団自決」の実態が文部科学省によって隠された。教科書検定の結果、「日本軍による強制」を表す記述が削除されてしまったのだ。これは明らかに戦争勢力の動きと呼応した歴史修正策動である。戦争国家への道を突き進む安倍政権にとって、「軍隊は住民を守らない」という沖縄戦の教訓は、子どもに教えてはならないことなのだ。

軍の責任を棚上げ

 問題の教科書検定は、主に高校2年生以上が来春から使用する教科書に対するもの。沖縄戦「集団自決」については、「日本軍に強いられた」という趣旨を書いた日本史の教科書すべてに修正を求める検定意見が付いた。「日本軍による強制があったかどうかは断定できない」というのが理由である。

 その結果、「日本軍に集団自決を強制された人もいた」という教科書の説明は「集団自決に追い込まれた人々もいた」に書き換えられた(清水書院)。「日本軍は…くばった手りゅう弾で集団自決と殺し合いをさせ」という記述が「日本軍のくばった手りゅう弾で集団自決と殺し合いが起こった」に変わった事例もある(実教出版)。

 このように、文科省の検定は「軍による強制」の文言を徹底して排除していった。検定後の教科書記述は、住民が自発的に「集団自決」を選んだかのように読める内容になってしまった。

 文科省は大阪地裁で係争中の民事訴訟を引き合いに出し、「当事者も強制を否定している」という。確かにこの裁判では、177人が犠牲になった座間味島の部隊長だった元陸軍少佐が「集団自決は軍の命令ではない」とする意見陳述を行っている。

 だが、判決も出ていない裁判の一証言を根拠に、様々な調査・研究によって立証された「軍による強制」を教科書記述から排除するのは、それこそバランスを欠いた行為ではないか。それにこの裁判は単なる損害賠償請求訴訟ではない。これまでも歴史教科書攻撃を続けてきた勢力が行っている歴史歪曲キャンペーンの一環なのだ。

歴史修正策動の一環

 裁判を「支援する会」の趣意書には、「子供たちを自虐的歴史認識から解放して、事実に基づく健全な国民の常識を取り戻す国民運動にしなければならない」と記されている。会の役員には「自由主義史観研究会」代表の藤岡信勝、協力団体には同会や「新しい歴史教科書をつくる会大阪」などが名を連ねている。

 今回の教科書検定における沖縄戦「集団自決」の歪曲は、藤岡のような歴史修正主義者と政府・文科省の連携プレイとみるべきだろう。彼らはなぜ「軍による強制」を消し去ることに必死なのか。それは沖縄戦における住民の「集団自決」が「軍隊は住民を守らない」という歴史の教訓を物語る事例だからである。

 藤岡に言わせれば「自決を軍命とするのは、旧軍のみならず日本人、日本国に対する侮辱」なのだそうだ。逆に言えば、日本軍が自国民に死を強要した史実が知れ渡れば、軍隊への否定感情をかき立てることになる。「国民保護法」の下、国民を戦争協力体制に組み込もうとしている日本政府とって、沖縄戦「集団自決」の実態は隠さねばならない歴史の暗部なのだ。

 安倍首相が従軍慰安婦問題における「政府・軍の強制」を否定したことに続いて、教科書の沖縄戦「集団自決」記述から「日本軍による強制」が削除されたのは偶然ではない。日本政府は戦争国家づくりをスムーズに進めるために、軍隊のマイナスイメージとなる史実を抹殺しようとしているのである。

実態は強制そのもの

 歴史修正主義者の手口は共通している。それは問題を具体的事象に限定した上で、物的証拠がない、被害者の証言には信憑性がないと言い募り、ひいては軍隊や国家の責任そのものを否定するという論法だ。「集団自決」の場合、藤岡信勝らは慶良間諸島の事例を取り上げ、「米軍上陸後に住民に死を促す軍の命令はなかった」という主張を展開している。

 しかし沖縄戦研究者の林博史・関東学院大教授は「当日に部隊長が自決の命令を出したかどうかにかかわらず、全体的にみれば軍の強制そのもの」(3/31沖縄タイムス)と指摘する。林教授が発見した米軍資料(占領直後の住民尋問記録)をみると、住民たちが複数の日本兵から米軍が上陸した際には自決せよと指導されていたことがわかる。

 座間味島の中村一男さんは「日本軍は各家庭に、軍が厳重に保管していた手りゅう弾をあらかじめ渡し、米軍の捕虜になるなら死になさいと話していた」(同)と証言する。日本軍は住民に捕虜になることさえ許さず、死を選ばざるを得ない状況に追い詰めていたのだ。これでどうして「軍による強制はなかった」などといえるだろうか。

 安倍政権が戦時体制の準備を急ピッチで進めている今こそ、沖縄戦の「軍隊は住民を守らない」という痛苦の教訓が必要とされている。教科書の書き換えによる歴史の歪曲を許してはならない。(M)

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