2008年10月24日発行 1056号

【個室ビデオ店放火事件/大都会の「見えないホームレス」/悲劇の背景に失業と貧困】

 リストラ・借金苦のあげく「生きるのが嫌になった」加害者。様々な事情で個室ビデオ店での 寝泊りを余儀なくされていた被害者。そして、低賃金・不安定就労の者を絡めとる「貧困ビジネス」…。16人が死亡した大阪・なんばの個室ビデオ店放火事件 は、現代における貧困の実相を浮かび上がらせた。

新手の貧困ビジネス

 「個室ビデオ店は風俗店だと思っていた」「宿泊施設代わりに利用されているなんて知らなかった」−−このように感じた方は多いだろう。

 事実、「キャッツ」は関西では有名なテレホンクラブだったが、数年前から宿泊客を狙った個室ビデオ店に業態を変えていた。低所得者層に照準を合わせた、 いわゆる「貧困ビジネス」である。

 こうした低料金での宿泊を売りにした施設が、大都市を中心に急増している。たとえば、賃貸マンション業のツカサ・グループ(東京都)は、1時間300 円、24時間1500円の個室時間貸しサービスを始めた。同社社長は「景気悪化で失業者は増加傾向にあり、需要は増している」と話す(10/4毎日・夕 刊)。

 「キャッツなんば店」の場合、「ミナミで一番安く泊まれる場所」として人気を集めていた。シャワー付きの個室で1泊1500円の料金は、近隣のネットカ フェ店より安い。今回の事件の死傷者の中にも、様々な事情で住居をなくし、安い宿泊場所を求めてきた人が大勢いた。

 仕事を失い、家賃滞納で市営住宅を追い出された30代の男性。月に一度の個室ビデオ店宿泊を「ゆっくりできる」と楽しみにしていたホームレスの男性。借 金取り立てに苦しんでいた元経営者は、別の個室ビデオ店よりも安い「キャッツなんば店」に移ってきたばかりだった。

リストラされ絶望

 失業と貧困にもがいていたという点では、放火・殺人などの疑いで逮捕されたO容疑者(46)も同じである。生活保護を受けていたこの無職男性は、数年前 まで「大手家電メーカー」の正社員だった。新聞やテレビは、秋葉原事件の容疑者のトヨタ関連企業勤務と同様に実名報道を避けているが、松下電器(現パナソ ニック)のことである。

 高校卒業後、松下電器に就職したO容疑者はビデオ事業部に配属され、ライン工として働いていた。しかし、松下が行なったリストラ(01年)が、順風満帆 だった彼の人生を一変させる。生産拠点の海外移転にともないビデオ事業部は解体、O容疑者は早期退職に追い込まれる。

 その後、職を転々としたが、体を壊したこともあり、どれも長続きしなかった。生活は見る間にすさんでいき、ギャンブルで多額の借金を背負う羽目に。事件 の1か月前からネットカフェなどを泊り歩いていたのは、消費者金融の取り立てから逃れるためだったという。

 グローバル化、非正規雇用への転換という企業戦略によって切り捨てられた男が、自暴自棄になって死のうとした放火事件。その巻き添えになった人々も貧困 の犠牲者だったと思うと、何ともやりきれない気持ちになる。

抜け出せない構造

 ところが、新自由主義がもたらした貧困の現実をいまだに認めず、「自己責任論」にしがみついている連中がいる。政治家に多い、その典型が石原慎太郎都知 事である。今回の個室ビデオ店放火事件について、石原はこう語っている。

 いわく「山谷には200円、300円で泊まれる宿がいっぱいある。ファションみたいなかたちで、1500円も出してネットカフェに泊っておいて、『助け てくれ』と言われてもね。そこにいる人たちが皆、格差・差別の中で発生してきた犠牲者だという一面的なとらえ方の報道はおかしいんじゃないか」 (10/3)。

 貧困対策にあたるべき行政の長とは思えない暴言である。コインロッカーじゃあるまいし、いまどき1泊2〜300円の宿泊所など都内には存在しない。石原 が引き合いに出した山谷でも最低1000円(8人部屋)はする。

 「1泊1500円なら1か月で4万5千円。それだけあれば安アパートぐらい借りることができるのでは」と思われる方もいるだろう。だが、低賃金・不安定 就労者は貯えがない場合が多いので、敷金礼金などの初期費用を捻出しづらい。第一、収入が不安定な日雇い仕事では、月々の家賃を払える保証はない。

 そこでネットカフェなどに吸収されるわけだが、こうした「貧困ビジネス」の利用料金は結局割高なので、低収入から日々の生活費を差し引けば、ほとんど手 元に残らない。つまり、いったんその日暮らしに転落し、貧困ビジネスに絡めとられてしまうと、なかなか抜け出せない仕組みになっているのだ。

 低賃金・不安定就労ゆえに住所不定状態を強いられている膨大な人々。彼らは広義のホームレスといえる。大都会の闇をさまよう「見えないホームレス」だ。 その実態を極めて不幸な形で一瞬照らし出したのが、今回の事件ではないだろうか。

 問われるべきは、労働者の使い捨てを野放しにし、底なしの貧困を放置している政治の責任である。   (M)
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