2008年11月14日発行 1059号

【シネマ観客席/リダクテッド 真実の価値/ブライアン・デ・パルマ監督/2007年 米国 カナダ/隠された戦争犯罪 を暴く】

 実際に起きた米兵によるイラク人少女殺害事件をモチーフにした『リダクテッド 真実の価 値』(ブライアン・デ・パルマ監督)が公開中である。本作品は昨年のベネチア国際映画祭で優秀監督賞を受賞したものの、米国内では保守系メディアによる激 しいバッシングを受けた。侵略戦争の加害者である米軍の実態はどう描かれたのか。

実際の事件を題材に

 映画の題材となった事件の概要は次のとおり。2006年6月、イラクで3人の米兵が拉致され、首を切断された死体で発見された。それは14歳のイラク人 少女とその家族が米兵に殺されたことへの報復だった。

 3か月前、21歳のグリーン一等兵と同僚の3人は、以前から目をつけていた女子中学生の家に押し入り、彼女を輪姦した。抵抗した父母と5歳の妹を射殺 し、証拠隠滅のために女子中学生も殺した。銃で頭部を吹き飛ばし、油をまいて死体を焼くという残忍極まる犯行だった。

 すでに帰国していたグリーンは事件が発覚したことで逮捕され、死刑を求刑された。だが、この衝撃的な事件は米国ではあまり知られていない。マスメディア の扱いがきわめて小さかったからだ…。

 映画タイトルの「リダクテッド」とは「編集済み」を意味する言葉。検閲で削除された文書や映像を指すこともある。デ・パルマ監督は「イラク戦争における 真実は、“巨大メディア企業”からはリダクト(削除編集)されている」と指摘する。

 政府の広告塔と化したマスメディアによって覆い隠された「イラク戦争の真実」をあぶり出す−−本作品の意図はここにある。

初めて加害を描く

 映画では、創作されたエピソードを織り交ぜて少女暴行事件の一部始終が語られるが、これらは全くの作り話ではない。占領下のイラクで現実に起きているこ とである。

 たとえば、米軍の検問所で停止しなかった乗用車が米兵の銃撃を浴び、産院へと急いでいた妊婦が死亡する場面がある。撃った兵士は「任務を遂行しただけ さ。魚をさばいた程度にしか感じないぜ」と開き直る。

 実際、「イラク人は皆、テロリストと思え。疑わしい者は撃て」というのが軍の命令であり、民間人を「誤射」で殺して訴追された米兵は1人もいない。占領 軍である米軍はイラク民衆の命など何とも思っていない。それは劇中の米兵が連発するイラク人蔑視の表現にあらわれている。

 死と隣り合わせの日常の中で米兵は精神を荒廃させ、軍隊生活で培った凶暴性をイラク民衆に向けていく。レイプ目的で少女の家に乱入し、「大量破壊兵器を 捜せ」「先制攻撃だ。女こそ戦利品だ」などとわめきながら、暴虐の限りをつくす兵士たち。大義なき侵略戦争が彼らを鬼畜へと変えてしまったのだ。

 米軍の攻撃で死傷した子どもや女性の写真が次々に映し出される本作品のエピローグは、それらを「付随的被害」と言い張る米国政府やマスメディアのでたら めさを鋭く批判するものだ。

 イラク戦争を扱ったこれまでの米国映画は、内容的には「不正義の戦争」を告発するものであっても、帰還兵や米兵の家族を戦争の被害者として描く作品が多 かった。これに対し『リダクテッド 真実の価値』は、米軍こそが加害者=テロリストであることを鮮明に打ち出している。画期的な作品として評価したい。

情報操作を見抜く力

 さて、本作品は異なる視点を持つ様々な映像の組み合わせで構成されている。米兵が撮影したプライベートビデオ、米国やアラブ系のテレビニュース、基地内 の監視カメラ、武装勢力のウェブサイト、動画サイトへの投稿ビデオ等々。これらはすべて、映画用にそれらしく作られたものだ。

 こうした擬似ドキュメンタリーの手法は保守系メディアから「観客を欺くトリック」と批判されたが、デ・パルマ監督にとっては思惑どおりの反応だったので はないか。彼の狙いは「本作品をイカサマ映像というならば、マスメディアが報道と称して行っていることはどうなのだ」と訴えることにあったからだ。

 送り手に都合のいい“真実”は映像の編集しだいで簡単につくることができる。あなたが日常的に接しているマスメディアの映像は本当に“真実”なのか−− 『リダクテッド 真実の価値』は観る者にこう問いかけている。

 戦争報道のウソにごまかされないためには、殺される側の視点に立った想像力が不可欠だ。そして、公権力の干渉を受けない民衆のメディアの必要性が高まっ ている。映画を観て、この思いを強くした。  (O)

  ・シアターN渋谷で公開中。全国順次公開。詳しくは公式サイト(http://www.redacted-movie.com) 参照。
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