2008年11月28日発行 1061号

【自衛隊 田母神論文問題/「反省とおわび」では戦争できない/本音を語った「軍隊」トップ】

  航空自衛隊の田母神(たもがみ)俊雄幕僚長が、日本の侵略戦争や植民地支配を正当化する内容の論文を発表した問題が波紋を広げている。田母神本人は「臭い ものにふた」式の決着を図る政府によって更迭されたが、今回の一件は決して個人の資質の問題ではない。田母神流の歴史観は今や自衛隊の主流をなしているか らだ。

アジア侵略を正当化

 「我が国は蒋介石により日中戦争に引きずり込まれた被害者である」「日本が統治することで、朝鮮半島や満州の人々の生活水準が向上した」「日本はルーズベルトの仕掛けた罠にはまり真珠湾攻撃を行った」「我が国が侵略国家だったというのは正に濡れ衣である」等々。

 一読してわかるように、田母神論文は自身の主張に都合のいい俗説を検証もせずに並べただけの駄文であり、事実関係の誤りを指摘し始めるときりがない。

 たとえば「日本は相手国の了承を得ないで一方的に軍を進めたことなはい」という主張である。だったら「満洲事変」はどうなのか。日本の関東軍が謀略事件を引き起こし、一方的に戦争を仕掛けたことは、当時の軍首脳も認めている歴史的事実ではないか。

 「実はアメリカもコミンテルン(各国共産党運動の国際組織)に動かされていた」と言い出すに至っては、荒唐無稽な陰謀論というほかない。

 ではなぜ、現職の自衛隊トップが歴史のねつ造によって近代日本の対外戦争を丸ごと肯定し、「この国が実施してきたことが素晴らしいことである」と強弁しなければならなかったのか。答えは田母神論文の中にある。その部分を要約してみよう。

 「戦争責任をすべて日本に押しつけようとした東京裁判のマインドコントロールは、今なお日本人を惑わせている。日本の軍隊は必ず暴走し他国を侵略する。 だから自衛隊はできるだけ動きにくいようにしておこうというものである。そのため、自衛隊は領域の警備もできない、集団的自衛権も行使できない、武器使用 の制約も多い、攻撃的兵器の保有も禁じられている。がんじがらめで身動きできないようになっている」

 要するに、彼の言う「自虐史観」を克服しない限り、自衛隊はいつまでたっても本格的な軍隊として活動できない、というのである。

戦争のための歴史観

 戦地イラクへの派兵を実現した自衛隊は、軍事力行使の諸制約を一気に突破しようと勢いづいている。それゆえ彼らは政府の現状に我慢できない。戦地派兵時の武器使用をいまだに制限するような弱腰ぶりは、「戦争=悪」とする一部世論への迎合ではないか、というわけだ。

 今回の論文で田母神が訴えたかったのは、“政府は海外派兵・武力行使の正当性を国民にストレートに訴えかけよ。『国益』を守るための軍事力行使は常に正 しいことを歴史教育で教え込め”ということである。新たな戦争を始めるには、現在はもちろん過去においても、自国の軍事行動に対する疑問を国民に抱かせて はならないのだ。

 こうした思想教育、田母神流に言えば「マインドコントロール」は、実際に軍事行動を担う自衛隊員に対して、より強力に行う必要がある。元北部方面総監の 志方俊之(帝京大学教授)が、「歴史観はきわめて重要だ。日本は過去にひどいことをやった罪深い国だ−−では、若い隊員たちが誇りを持って命を捨てられる だろうか」(11/13朝日)と指摘するとおりである。

 田母神自身、「我々は良い国だと思わなければ頑張る気になれない。悪い国だ、悪い国だと言っていては自衛隊の士気も崩れる」(11/11参議院参考人招致での発言)と、あけすけに語っている。

組織ぐるみの洗脳

 今回の事件をきっかけに、日本のアジア侵略を正当化する歴史観を自衛隊が組織ぐるみで養成している事実が次々に明らかになってきた。

 自衛隊の幹部教育を行う統合幕僚学校に「歴史観・国家観」の講座が新設されたこと(04年。当時の校長は田母神だった)。防衛大学校で使用される教科書 に、明治以降の日本の対外戦争を「欧米列強によるアジア侵略からの自衛を基本とし」という記述があること。海上自衛隊の一般隊員・幹部向けの精神教育参考 資料に「敗戦を契機に、わが国民は自信を失い…賎民意識のとりこにさえなった」という表現があること、等々。

 このような隊員教育は、自衛隊が現代の侵略軍として動き始めたことの証しといえる。

   *  *  *

 結局、懲戒処分も受けずに退職した田母神は、発言をさらにエスカレートさせている。国会に参考人招致された際には、憲法「改正」や集団的自衛権の行使などの持論をまくし立てた。これに対し、麻生政権は傍観者的態度に終始し、自民党内からは田母神擁護論まで噴出している。

 つい最近まで、世界有数の軍事力を持つ組織の最高指揮官だった人物が、政府の黙認のもとに、憲法の平和主義原則に公然と異を唱える−−その危険性については次号で詳しく論じたい。   (M)
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