2009年02月06日発行 1070号

【企業は身銭を切らず、労働者は賃下げ / 財界提唱「ワークシェアリング」のインチキ / 雇用維持は内部留保で可能】

 非正規労働者の大量解雇など雇用破壊が進行する中、ワークシェアリングの活用が注目を集めている。雇用を守るためには「限られた仕事を労働者の間で分け 合うことが必要だ」というのである。しかし、財界やマスメディアの唱える「ワークシェアリング導入論」は、たんなる賃下げを体よく言い換えたものにすぎな い。労働者に「痛みを分け合う」ことを求めながら、大企業はためこんだ儲けを雇用維持のために一切使わないという、実に厚かましい話なのだ。

経団連会長が提起

 雇用維持の方策として、にわかに脚光をあびだしたワークシェアリング。きっかけは御手洗冨士夫・日本経団連会長の一言だった。

 御手洗会長は1月6日の年頭会見で、「ワークシェアリングみたいな選択をする企業があってもおかしくない」と発言。同日行われた財界3団体の新年祝賀会 でのあいさつでも、「企業が、緊急的に時間外労働や所定労働時間を短くして、雇用を守るという選択肢を検討することもありうる」と述べた。

 ワークシェアリングとは、1人あたりの労働時間を短縮することで、雇用機会をより多くの人の間で分かち合う営みである。1980年代からワークシェアリ ングを導入している欧州諸国では、人員削減の回避や新たな雇用創出などの効果があり、失業率を引き下げたと報告されている。

 “財界総理”が導入論に言及したことで、ワークシェアリングは一躍「雇用安定の切り札」として、マスメディアに取り上げられるようになった。大手新聞の 論調もこぞってワークシェアリングの実施を推奨している。

 今春闘の課題について論じた朝日新聞の社説(1/16)は、「焦点は何といってもワークシェアだ」と断じる。いわく「ワークシェアを進めれば、両者(正 社員と非正社員)の待遇格差を縮めることになり、非正社員の抑制に効果があるだろう」。毎日新聞も「ワークシェア / 緊急対応で非正規の雇用守れ」(1/16社説)と主張している。
 非正規労働者を守るために労働者全体で痛みを分かち合う−−マスメディアが伝えるワークシェアリングのイメージはこうである。雇用確保のために正社員も 賃下げ等に協力する、という図式だ。

実体は賃下げ強要

 しかし、日本版ワークシェアリングの目的は本当に雇用確保なのだろうか。マスメディアの報道はイメージ先行のミスリードと言わざるを得ない。なぜなら、 今の日本でワークシェアと称して行われていることは、正社員を主たる標的とした、たんなる賃下げだからである(欧州との違いは別稿参照)。

 たとえば、トヨタ自動車は2月と3月に予定している国内工場の操業停止日(計11日間)のうち、2日間については賃金を2割カットすると発表した。これ までは操業を停止しても賃金は全額保障されていた。同社の宮崎直樹常務は「ワークシェアリング的な働き方を、みんなで我慢して進めている」(1/22読 売)と説明するが、言葉の拡大解釈にもほどがある。

 トヨタが3月末までに削減するとした期間社員は6千人。ワークシェアリングの先行例として報道されているマツダも、派遣社員1500人を1月末までに削 減するという。このように、グローバル企業は非正規労働者の雇用維持や待遇改善など考えていない。大体、製造業派遣の禁止論に猛反発しているような連中 が、非正規雇用のうまみを自ら手放すはずがない。

 「非正規切り」の次は正社員の削減だ。それが嫌なら賃金カットを受け入れよ−−経営者の本音はここにある。リストラをちらつかせた賃下げの脅しを聞こえ よく「ワークシェアリング」と言い換えているだけなのだ。

 そもそもワークシェアリングの導入が検討され始めた1999年の段階で、当時の日経連(現日本経団連)報告は、「ワークシェアで非正社員を活用し総人件 費を引き下げる」とうたっていた。つまり、財界は最初からこの制度を賃下げのために使うことを準備していたのである。何度も言うが、「雇用確保」は賃下げ の口実にすぎない。

搾取分をはき出せ

 そもそも、非正規労働者の大量解雇や正社員のリストラ・賃下げに踏み切らざるをえないほど、日本の大企業は疲弊していない。

 大量解雇を進めている企業のほとんどが「減益見通し」というだけで、利益を上げているし、株主への配当を減らさず、巨額の内部留保(隠し利益)も持って いる。製造業大手だけでも、この4年間で経常利益の累計は35兆円、内部留保は18兆円増えて120・7兆円に達した。体力は十分あるのである。

 一方、企業収益のうち被雇用者に給与としてどのくらい支払われているかを示す「労働分配率」をみると、資本金10億円以上の大企業の場合、97年度から 07年度までの10年間で61・6%から51・8%へと低下している。人件費の安い非正規雇用への転換やサービス残業(ただ働き強制)に象徴される労働者 酷使によって、日本の企業がいかに儲けてきたかがわかる。

 労働者からしぼり取ってきたカネは、まず雇用の確保のために使うのが筋である。実際、これまでため込んできた内部留保のごく一部をはき出すだけで、多く の雇用を維持することができる。

 労働総研の試算によると、363万人の非正 規労働者を正社員化するために必要な賃金増加額は8兆円であり、それは大企業の内部留保228兆円の3・5%をはき出せば可能だという。

 トヨタの場合、グループ全体の内部留保は07年度末で13兆9千億円に達している。非正規労働者の年間賃金を300万円として計算すると、非正規1万人 の雇用を維持するのに必要な資金は300億円となる。莫大な内部留保のわずか0・21%を切り崩すだけでまかなえる額だ。つまり、今すぐ「非正規切り」を 行わなければならない状況ではないのである。

 それなのに、トヨタの幹部連中は「内部留保を取り崩してまで期間社員を守ることはできない」と言い放ったという(12/24日経ネット)。何という強欲 な連中だろう。グローバル資本の正体、ここに見たりである。こんな奴らに「ワークシェアリングで痛みを分かちあえ」などと言われる筋合いはない。

 解雇や非正規雇用そのものを規制し、働く権利を擁護すること。企業の社会的責任を追及し、ため込んだ儲けを雇用維持のために使わせること。いま必要なの は、正規・非正規の枠を超えた、こうした労働者の闘いである。
ホームページに戻る
Copyright Weekly MDS