2009年03月13日発行 1075号

【中川「泥酔会見」報道 / 見て見ぬふりをした日本のメディア / 権力との癒着が真実を隠す】

 「泥酔記者会見」で世界に醜態をさらし、引責辞任に追い込まれた中川昭一財務・金融担当相。飲酒トラブルの常習犯を重要ポストに起用した麻生太郎首相の 責任が追及されるのは当然だが、中川の飲酒疑惑を当初は隠そうとした日本のマスメディアも情けない。彼らの権力迎合ぶりもまた、世界に恥をさらしたのであ る。

記者も酒席にいた

 筒井康隆の初期作品に『破れかぶれのオロ氏』というSF短編がある。火星連合総裁のオロ氏が記者会見で支離滅裂な発言を連発。取材にあたったロボット記 者たちは、発言の論理的矛盾に人工知能がついていけず次々に壊れだす、という話である。

 小説のロボット記者は取材対象に「気を利かせる」という機能がなかったために爆発してしまうのだが、余計なことをしない分だけ現実の記者よりましかもし れない。彼らときたら、権力の意を汲んで都合の悪い事実をもみ消してしまうのだから。

 先日の中川泥酔会見(2/14)における日本のマスメディアの対応がまさにそうだった。映像でご覧になったかと思うが、あれはどうみても酔っ払いの姿で ある。しかも中川は酒による失態を過去に何度もやらかしている。彼に同行取材するほどの記者なら「またか」と感じたはずだ。

 ところが、記者会見に臨んだ日本の記者たちは誰一人、中川の異変について質問しなかった。「体調が悪そうだが、どうしたのか」「酔っているようだが」な ど、誰もが感じるであろう疑問を中川本人にぶつけなかった。

 実は、記者会見の約1時間前、中川はホテルの高級レストランで赤ワインを飲んでいた。7か国財務相・中央銀行総裁会議(G7)の昼食会を抜け出し、財務 省の玉木国際局長らと飲み食いしていたのである。しかもその席には、お気に入りの女性記者(読売新聞、日本テレビ)を呼び寄せ同伴させていた。

 中川辞任後の新聞報道によると、「中川氏は昨年9月の財務相就任以降、G7などの海外出張では同行の女性記者を集めて飲食を行うことが恒例化していた」 (2/18毎日)という。つまり、海外出張時の中川がアルコール三昧なのは同行記者の間では周知の事実だった。一部の記者たちは今回のG7中も酒席をとも にしていたのである。

足並みそろえ酒隠し

 それなのに、いや間違いなくそのせいで、日本のメディアは皆、中川の醜態に見て見ぬふりをした。会見の様子を伝える記事をみると、「かみ合わないやりと りに、記者団には戸惑いが広がった」(朝日)、「ちぐはぐな印象を与えた」(読売)といった表現でごまかそうとしている。唯一、「酒」に言及した共同通信 の記事にしても、「外国メディアの記者から『深酒』や『居眠り』を疑われた」という、おそろしく腰の引けた書き方なのだ。

 ちなみに読売新聞広報部によると、「記者は中川氏が飲んだところは見ていない」のだそうだ。いかにも苦しい言い訳である。席を外すことがあったとして も、1時間でワインボトルを1本空にした中川の飲みっぷりを全然見なかったとは考えられない。

 結局、海外メディアの報道で大騒ぎになるまで、日本のメディアは飲酒の事実を報じなかった。会見の撮影・配信が外国通信社(AP)の担当でなければ、泥 酔会見の様子が世に知れ渡ることもなく、中川は今でも大臣の椅子に座っていたに違いない。

 日本の記者たちにとって、中川の酔っ払い姿は見慣れた光景だった。だから、異変と思わず騒ぎもしなかった。それに中川は、日本の戦時性奴隷制を告発する 民間法廷を特集した番組の件でNHK幹部に圧力をかけるなど、気に入らない報道にはすぐにかみつく人物である。怒らせては面倒だという意識が各メディアに はあったのだろう。

 大臣が重要な国際会議の記者会見に酩酊状態であらわれたり、好みの女性記者を呼んで酒の相手をさせるなど、まったく異常な事態である。それをおかしいと 思わないほど、日本の記者の感覚はマヒしていたということだ。権力との癒着の結果である。

報道の役割を放棄

 中川の問題だけではない。市民が本当に知りたいことは質問・追及せず、政治家のご機嫌取りのようなくだらないやりとりに終始する−−そのような取材風景 を何度目にしてきたことか。

 最近の事例でいえば、小泉純一郎元首相の「反麻生」発言をめぐる報道だ。マスメディアはロシアまで小泉を追いかけまわしながら、肝心なことは何も聞かな い。新自由主義「改革」を主導した張本人が政治の表舞台に登場してきたのだ。雇用破壊や貧困の拡大、あるいは「かんぽの宿」疑惑について、その責任を小泉 本人に問うのが報道機関の使命ではないのか。

 知り得た情報を報道せず、権力のチェックという最低限の仕事すら放棄する。それどころか、情報操作による世論工作に進んで協力する。そんなマスメディア が市民に信用されるはずがない。マスゴミと揶揄され、新聞離れ・テレビ離れが進むのも、彼らの自業自得なのである。 (M)
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