2009年05月22日発行
1084号
【立川市 吹田市 法定数突破、条例制定へ 無防備地域直接請求署名 全力でラストスパート】
|
4月下旬から東京・立川市と大阪・吹田市であいついで開始された無防備条例制定直接請求運動。連日の街頭署名の結果、5月10日に立川市は2889筆
(法定数2872筆)、吹田市は6006筆(同5651筆)とともに法定数を突破。両市民らは、条例制定へさらに大きく署名数を積み上げようとラストス
パートにはいった。
4月23日に始まった東京・立川市の無防備条例制定直接請求運動は、5月10日時点で署名数2889筆となり、法定数を突破した。
平和な町条例を作る立川市民の会は4月27日、無防備地域宣言・沖縄ネットワークの呼びかけ人の一人で参院議員の山内徳信さんを招いて連帯のつどいを開
いた。
山内さんは「私が琉球大学3〜4年生の頃、沖縄はアメリカ軍の支配下にあったが、砂川闘争の情報は入ってきた。すごい闘争をしている地域があり民衆がい
ると興奮した。(米軍駐留を違憲とした)伊達判決(1959年)に沖縄県民はどれほど勇気を与えられたことか」と思いを披露。
無防備地域運動については「憲法9条は守るものではなく、9条の精神を一歩でも二歩でも前に進めていかなくてはならない。各地に無防備地域ができれば日
本は現憲法を立体的に作り上げたことになる。世界に向かって戦争をしないという姿勢を示すことになる。政府が戦争をやりたくても戦争できない自治体をたく
さん作る必要がある。この運動は草創期であり、抵抗や妨害もあるが、市民の命を戦争状態から守る最も有力なものだ」と述べ、立川市民にエールを送った。
続々と立ち上がる
全国各地の運動同様、立川でも多くの市民が立ち上がっている。
5月9日、自作のバネルを手に初めて署名集めを試みた多田さん(36歳)。「武器を使わない平和の方がいいに決まっている。でもその具体的方法は」と模
索し続けてきた。隣の国立市で無防備地域運動に取り組んだ人に出会い、この運動を知った。福祉の現場で働く立場から「予算がないないと言って福祉は削りな
がら軍事費には5兆円も使っている。膨大な軍事費を使っても国民の安全を守れないのはアメリカを見れば明らか。なのに軍備は必要と煽られている」と参加の
動機を語る。
友人の畑さん(36歳)と2人で1時間、駅前に立ったが「結果は(署名は取れず)撃沈。でもおもしろかった」。畑さんも「もっと署名の取れる場所や方
法、訴え方を考えながら戦略的にやってみたい」と意欲的だ。9日夜に開かれたつどいの後、隣室のグループに飛び込みで署名協力を訴え、初めて2筆獲得。2
人で歓声をあげた。
街頭での署名活動にはまだ積極的になれないというのは井村始子さん。「できることで力になりたい」と立川・無防備ソングを作曲し、市民の会を後押しす
る。
請求代表者の白崎順子さんは、忙しい仕事の合間を見て「短時間集中勝負」で街頭に立つ。「最初はチラシを見ながら説明するのがやっとだった。最近は相手
の目をじっと見て思いを込めて訴えれば署名はとれるという自信がついてきました」と笑顔で語る。印象に残っているのは、戦時中は小学生だった市民が空襲の
際に母に背負われて逃げたことをとつとつと語りながら署名したこと。「街頭署名は根気のいる作業。気が滅入ることもあるが、こういった市民の反響に励まさ
れている」と話す。
市の国民保護計画反対
立川市は3月、立川市国民保護計画を策定し、4月21日にホームページで公表した。市民の会では、その内容を批判的に検討し、共同記者会見を開く予定
だ。会事務局の塚本秀男さんは「ある市議は、この国民保護計画を憲法9条にのっとった市の平和都市条例に沿って作成したと発言しているが、全く矛盾してい
る。国民保護計画ではなく無防備地域条例でないと市民の命と財産は守れないという市民の認識を、後半戦で高めていきたい」と訴える。署名活動は5月22日
まで。16日にジャンプのつどいを開いてラストスパートをかける。
|
|