2009年07月24日発行 1093号

【軍事緊張を高める貨物検査(臨検) 危険な特措法案は廃案へ】

 政府は、朝鮮民主主義人民共和国(以下、朝鮮)関係船舶の貨物検査を可能にする特別措置法案(以下、貨物検査特措法案)を国会に提出。7月14日には衆 院通過が強行されたが、麻生問責決議可決以降の国会審議ストップで審議未了廃案が確実となっている。

「海保なら」と民主も賛成

 法案は「対象船舶が北朝鮮特定貨物を積載していると認めるに足る相当な理由があるとき」は、海上保安庁(領海および公海)または税関(国内の港湾、空 港)に貨物検査が実施できるようにするものだ。「特定貨物」とは、国連安保理決議で禁輸対象となった核・ミサイルなど大量破壊兵器や武器などを指す。

 海上保安庁による船舶検査は、船舶が属する旗国と船長の同意を得て行なうこととしている。その場で検査できない場合や船長が検査に同意しなかった場合 は、指定する港への回航を命じることになるが、その場合も旗国の同意が必要とされている。

 当初の案では、公海上の検査は海上自衛隊が行なうことも検討されたが、民主党の協力を得やすくするため、最終的には領海、公海を問わず海上保安庁を検査 主体とした。しかし法案は海上自衛隊の関与を明記しており、海上保安庁だけでは対応できない「特別の事情がある場合」には、自衛隊法82条(海上警備行 動)に基づき海上自衛隊が出動する。ただし、その任務は検査ではなく、護衛艦やP3C哨戒機による警戒監視や情報収集、追尾が中心になるとされている。

 民主党も、貨物検査特措法案に賛成する方向で党内の調整に入っていた。鳩山由紀夫代表は、「海上保安庁が主体で、特別な場合に海上自衛隊もありうるとい うことなら、それほど反対する立場ではない」と表明。両党の談合ですんなり成立する危険性はきわめて高かった。

警察権の拡大行使狙う政府

 しかし、「海上保安庁が主体だからいい」というものではない。

 法案が「検査等の措置はわが国の警察作用に属する」と述べるように、公海上での貨物検査は、安保理決議を「錦の御旗」にして日本の警察権を公海上にまで 拡大行使する。それは武力による威嚇、武力行使と不可分だ。まさに、この点に特措法の狙いがあった。

 「貨物検査」と銘打っているが、本質は武力による強制を伴う「臨検」であり、軍事行動に他ならないのである。

 日本はすでに朝鮮との輸出入の全面禁輸を行なっており、朝鮮籍の船舶については全面的に入港を禁止している。したがって実際に貨物検査を行なう場合と は、日本に近い公海上を航行している船舶に対する検査ということになる。「特定貨物」を積んでいると思われる船舶を公海上で停止させ、貨物検査を実施する ためには、武力による威嚇が必要で、検査主体が海上保安庁の巡視船であってもその本質は変わらない。

 2001年12月に奄美大島沖で国籍不明の「不審船」を撃沈し、10人以上の乗組員を死亡させたのは、20_機関砲で武装した巡視船だった。「あそ型」 など1千dを超えるクラスの巡視船では40_機関砲を装備している。 

 朝鮮籍の船舶の場合、旗国である朝鮮政府が貨物検査や回航命令に同意することは現実的にはありえない。警察権を振りかざし武力を背景にした巡視船による 停止命令自体が、朝鮮から見れば軍事挑発と映るに違いない。ましてや海上自衛隊の出動ともなれば、偶発的な軍事衝突に発展する危険性は一気に高まる。

 日本政府の狙いはむしろ、軍事的緊張を高めるところにあったのだ。

軍事圧力で対話は進まない

 制裁や軍事圧力で朝鮮を対話の場に引き戻すことはできない。むしろ核保有への決意を固めさせるだけだ。そのことは、この間の相次ぐミサイル発射実験から も明らかだ。

 日本政府は拉致問題の未解決を理由に、朝鮮に対する独自制裁を実施し、6か国協議での合意事項であるエネルギー支援も拒否してきた。だが、それによって 拉致問題が進展することはなかったばかりか、6か国協議も中断したいま、交渉の手がかりすらない状態に陥っている。歴代自公政権の制裁路線の失敗は明らか だ。対話のない状態が長く続けば続くほど、金正日(キム・ジョンイル)政権は核開発路線で政権維持を図ろうとするだろう。

 日朝間には6か国協議とは別に、「日朝ピョンヤン宣言」が存在する。日本政府は、過去の植民地支配の謝罪と補償の履行を通じて朝鮮に対話を促し、朝鮮を 6か国協議の場に復帰させるためにイニシアチブを発揮すべきだ。それが東北アジアの軍事的緊張を緩和する一番の近道だ。
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