2011年06月10日発行 1185号
【橋下「君が代起立条例」/背景に新自由主義路線の推進/クビの脅しで狙う支配強化】
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「君が代」斉唱時に起立しない教職員はクビにする−。大阪府の橋下徹知事が率いる地域政党
「大阪維新の会」が提出した条例案が波紋を広げている。成立すれば、教職員に「君が代」の起立斉唱を義務づける全国初の条例となる。さらに橋下は、複数回
違反した教職員は懲戒免職処分とする方針も示している。今なぜ「君が代条例」なのか。
起立斉唱を義務化
府議会に提出された条例案の名称は「大阪府の施設における国旗の掲揚及び職員による国歌の斉唱に関する条例」。府の施設での「日の丸」掲揚や、学校行事
の「国歌斉唱」時に教職員が起立して斉唱することを義務づけている。政令指定都市を含む府内の公立小中高校などに勤務する教職員が対象となる。
罰則規定はないが、橋下は職務命令に従わない教職員の処分基準(懲戒免職も含む)を定めた別の条例案を9月府議会に提出するとしている。また、処分とは
別に、不起立教職員の実名公表を検討しているという。
府議会他会派は条例化に否定的だが、過半数を握る「維新の会」は数の力で押し切る構えを見せている。
職場支配の道具
なぜ起立斉唱の義務化なのか。条例案の制定目的をみると、「我が国と郷土を愛する意識の高揚に資する」と並んで、学校現場の「服務規律の厳格化を図る」
という文言がある。橋下の狙いはズバリ後者にある。「これは『君が代』問題ではない。教職員は職務命令を無視できるのか?の問題」(橋下のツイッター発
言)というわけだ。
「公立の教員は、公務員。組織の一員。職務命令に従うのは当たり前。組織はすべて上意下達の指揮命令で成り立つ」「なぜこんなこと(不起立)が許される
のか。それは絶対的な身分保障に甘えているからだ」「職務命令を繰り返して無視する公務員は、公務員を去ってもらう」
以上のコメントで明らかなように、橋下の狙いは教育現場の支配強化にある。かねてより橋下は、行政の長である自分の方針が学校には徹底されていないとい
う不満を抱いてきた。教育委員会制度の見直しをたびたび口にしているのもこのためだ。
橋下は今、学校間競争によるエリート校づくりなど、新自由主義教育「改革」をトップダウンで進めようとしている。それには上意下達の職場支配が不可欠
だ。だから「職務命令に従わなければクビ」という最終兵器が必要になるのである。橋下流に言うと、「君が代」は「問題提起のネタ」にすぎない。
米国ウィスコンシン州では、昨秋誕生した共和党右派の州知事が、公務員労働組合の団体交渉権を大幅に制限する法案を強引に成立させた。民営化政策=公共
部門の私企業への売り渡しをスムーズに進めるためである。橋下が大阪で行っている公務員攻撃にも同じことが言える。
子どもの権利も侵害
「一般国民に『君が代』を歌わない自由はある。だが、公務員の一員である教員には、職務命令に関しての思想信条の自由は認めない」と橋下は強調する。彼
の言うように、公務員には憲法19条が保障した「思想・良心の自由」の制限が許されるのか。
司法判断は分かれている。東京都の「日の丸・君が代」処分をめぐる裁判で、最高裁は5月30日、「教職員に起立斉唱を命じた校長の職務命令は憲法19条
に違反しない」とする判断を示した。
一方、別の処分撤回訴訟の控訴審判決(東京高裁/3月10日)では、起立斉唱を義務づける通達や職務命令は合憲としたものの、都立高校教員らの不起立は
「歴史観や信条に基づくものでやむにやまれぬ行動。式の円滑な進行が阻害されたとも言えない」とし、「著しく妥当性を欠き重すぎる」処分の取り消しを命じ
ている。
「思想・良心の自由」は基本的人権の中核をなす重要な権利であり、優先的な地位を与えられている。職務命令ひとつで機械的にはく奪できるようなものでは
ない。「日の丸・君が代」の強制を裁判所が追認する流れの中でも、司法判断にブレが生じているのはこのためだ。
かりに「公務員の場合、公務執行にあたっては個人の自由権の制限もある」との立場に立ったとしても、条例や命令で教職員に起立斉唱の縛りをかけるような
ことは許されない。それは、子どもたちの「思想・良心の自由」を侵害することにもなるからだ。
「生徒や一般の方にまで義務化するわけじゃない」と橋下は言うが、たとえば教職員全員が起立し「君が代」を歌うことが自明の前提と化した卒業式で、子ど
もの「歌わない自由」が十分に保障されると言えるだろうか。教職員への起立斉唱命令は、子どもたちにも「立って歌いなさい」と命令するのに等しい。
「君が代条例」を認めることは、子どもたちに「職場は憲法番外地。トップの命令には自分を殺して従え」というメッセージを送ることを意味している。そん
な学校で民主的感性など育めるはずがない。「君が代条例」は民主主義に対する挑戦なのだ。 (M)
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