2011年10月21日発行 1203号

【どくしょ室/ショック・ドクトリン 惨事便乗型資本主義の正体を暴く/ナオミ・クライン著 幾島幸子・村上由見子訳  岩波書店 上下巻各2500円(税別)/新自由主義は破壊につけ入る】

 新自由主義はなぜ世界中に広まったのか。普通に考えれば、貧富の差を極端なまでに拡大する 経済システムに多数派である民衆が同意するはずがない。この疑問に答えてくれるのが、ナオミ・クラインの大作『ショック・ドクトリン−−惨事便乗型資本主 義の正体を暴く』だ。人の不幸につけ込む新自由主義の邪悪な本質を本書は徹底的に暴いている。


災害や戦争に便乗

 2005年秋、巨大ハリケーン「カトリーナ」が米国南東部を直撃した。大水害に見舞われたニューオリンズ市の都市機能は壊滅。ほとんどの学校も使えなく なり、子どもたちは各地に離散した。

 この悲劇を「教育システムを改革する絶好の機会」ととらえた者がいる。シカゴ大学の経済学者で、自由放任資本主義推進運動の教祖的存在ととして知られる ミルトン・フリードマンその人だ。彼の主張とは、公立学校の再建に資金を使うのではなく、民営化を柱とする教育への市場原理導入を進めるべき、というもの だった。

 フリードマンの提言にもとづく「改革」の結果、ニューオリンズ市の公立学校は災害前の123校からわずか4校に激減、4700人もの教員が解雇された。 多くの市民が避難生活を余儀なくされている間に、公教育解体・民営化が行われたのである。

 このように、大災害や戦争がもたらした破壊を様々な制約が一掃されたチャンスととらえ、市場原理主義にもとづく経済「改革」を一気に進める行為を、著者 は「ディザスター・キャピタリズム」と呼ぶ。「惨事便乗型資本主義」と訳しているのは、ここでいう「ディザスター」が自然災害だけではなく、人為的に引き 起こされた戦争やテロも含むからである。

拷問の手口と同じ

 想像を絶する大惨事に直面すると、人々は茫然自失のショック状態に陥り、理性的な判断力をなくしてしまう。新自由主義の伝道師たちはそこにつけ込み、 「公共支出の削減」「規制緩和」「民営化」という3点セットの押し付けを世界各地で実践してきた。

 このような経済的ショック療法は、身体的ショックすなわち反対派に対する暴力的弾圧と表裏一体の関係にあるのだが、著者はさらに踏み込んで、新自由主義 導入の処方箋(ショック・ドクトリン)自体が拷問や洗脳のノウハウと同じものであることを明らかにしている。

 CIA(米中央情報局)が開発した拷問マニュアルには、被拘束者を深い混乱と恐怖状態に陥れることで尋問者の要求に従わせる方法が詳細に記されている。 こうした拷問の手法を社会にあてはめ、大規模に展開したのがショック・ドクトリンというわけだ。

 たとえば、イラク戦争がそうである。それは9・11事件を利用してフセイン政権を武力排除し、更地の上に新自由主義のモデル国家を建設しようという企て であった。米軍がイラク侵攻作戦を「衝撃と恐怖」と名付けたのは象徴的である。民衆の抵抗力を削ぐためには、彼らに「衝撃と恐怖」を与えることがどうして も必要だったのだ。

 米占領当局が強引に推し進めた民営化・市場開放政策こそイラクを大混乱に陥れた元凶であることを本書は豊富な事例で立証している。特に次の指摘は重要で ある。

 「現在のイラクの惨状は、ブッシュ政権の無能さや縁故主義のせいでもなければ、イラク国民の宗派抗争や部族主義に起因するものでもない。これは資本主義 が引き起こした惨事であり、戦争によって解き放たれた際限のない強欲の生み出した悪夢にほかならない」

連帯の力で無力化を

 東日本大震災後の日本はショック・ドクトリン発動の要件がそろっている。現に、政府や財界の描く復興プランは、規制緩和や大企業減税を柱とする経済特区 構想など、新自由主義路線そのものである。では、日本版ショック・ドクトリンを阻止するにはどうすればよいのか。

 著者はショック・ドクトリンの効力には限界があることを強調する。拷問の例でいうと、拘束された者どうしが連絡を取り合うなどして次に何が行われるのか を知ると、ショックに対して耐性ができるという。「驚かせ、混乱させ、認識力を奪う」という要素が弱まるからだ。

 このことは社会にもあてはまる。すなわち「ショック・ドクトリンのメカニズムが多くの人々に深く理解されれば、ある社会全体を驚愕と混乱に陥れるのはむ ずかしくなる」。

 実際、ショック・ドクトリンの洗礼を最初に受けた南米諸国では、時間はかかったが人々はショックから覚醒し、新自由主義に反旗を翻し始めた。相次ぐ反米 左派政権の誕生がその証である。そして新自由主義の総本山たる米国でも、グローバル資本の責任を追及する若者たちの闘いが広がっている。

 いまほど新自由主義と闘う民衆の国際連帯が求められているときはない。その力がショック・ドクトリンを無効化することを本書は示唆している。  (O)
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