2012年06月15日発行 1234号

【相次ぐ生活保護叩き/受給急増は利用者の問題か/問われるべきは貧困の拡大】

 人気芸能人の母親が生活保護を利用していたことに乗じて、生活保護全般に対する異常な攻撃 がくり広げられている。そんな中、政府は以前から狙っていた生 活保護費の大幅削減に向けて動き出した。生活保護の急増はたしかに深刻な事態だが、それは利用者の側の問題ではない。問われるべきは、貧困の拡大を放置し ている政府の責任である。

支給抑制に利用

 世間を騒がせている「お笑い芸人の生活保護問題」。ことの発端は「年収5千万円 超人気芸能人母に生活保護」と題する女性週刊誌のレポートだった(『女 性セブン』4/26号)。ネットを中心に物議をかもし、自民党の片山さつき参院議員らが取り上げたことで騒ぎが広がった。

 激しいバッシングを受けた当の芸人は謝罪会見を行い、保護費の一部返還を表明した。だが、事態は一件落着とはならなかった。別のタレントの母親も生活保 護を受けていることが判明。メディアの「生活保護追及キャンペーン」は、当分おさまりそうもない。

 火付け役の女性週刊誌が芸人の母親の個人情報をどうして知ったかは定かではないが、あまりにタイミングがよすぎる“スクープ”ではある。というのも、自 民党が「生活保護に関するプロジェクトチーム」を設置したのは3月のこと。給付水準の10%引き下げなどを柱とする5項目の見直し案をまとめ、キャンペー ンを始めたところだった。

 ベストタイミングなのは、政府にとっても同じである。生活保護費の伸びを抑えるために、厚生労働省は今秋にも見直し案をまとめる予定で動いている。その ための議論が社会保障審議会で始まったのが4月26日だった。

 今回の騒動は生活保護見直しの機運を高めるための仕掛けとみてよい。少なくとも、政府がことを進めやすくなったことは間違いない。事実、小宮山洋子厚労 相は生活保護費の減額や扶養義務の厳格な適用に向けた法改正を検討する考えを示した(5/25)。

 事態は一芸能人のスキャンダルにとどまらず、生活保護制度そのものの改悪に発展しようとしている。

原因は雇用破壊

 一連の生活保護叩きには大きく3つのポイントがある。第1に不正受給。「財政圧迫に拍車をかけているのが生活保護の不正受給だ」(4/28日経)といっ た論調だ。2番目はモラルの問題。「もらわないと損」という風潮や「扶養義務意識の欠如」が生活保護の増加につながっているという説である。最後に支給 額。「働くより、もらったほうがラクで、トク!? おかしくない?」(『週刊現代』6月2日号)というわけだ。

 1番目と2番目は事実に反する。データを冷静にみてみよう。2010年度の生活保護費は過去最高の総額3兆3千億円。不正受給は128億円だから全体の 0・39%。ここ数年をみても0・3%台で推移している。不正受給のせいで生活保護費が膨れ上がったというのは無理がある。

 では、生活保護急増の原因は何か。それは高齢化の進展と雇用情勢の悪化である。生活保護の受給世帯は、高齢者、母子、傷病者などに分類されるのだが、就 労意欲があっても仕事がないケースが含まれる「その他」の割合が17%にも達している。10年前の2倍以上に増えた。

 このように、近年は雇用保険に入れない非正規労働者が「派遣切り」などによって生活保護に陥るケースが目立つ。労働者使い捨て、貧弱な社会保障−−そう した弱者切り捨て社会が生活保護の増加をもたらした。責任を問われるべきは企業と政府であって、生活保護の利用者ではない。

支給もれこそ問題

 3つ目は「勤労者との不公平感」をあおる手口である。なるほど、一部の自治体では最低賃金が生活保護の基準額よりも低い「逆転現象」が起きている。だか らといって、生活保護の額を引き下げるのは本末転倒というものだ。まじめに働いても生活保護基準以下の賃金しか得られない現状がおかしいのである。

 大体、生活保護の水準が下がっても労働者にメリットはない。それどころか、それを口実にさらなる賃下げが行われる可能性が高い。

   *  *  *

 生活保護受給者数の人口比をみると、日本は1・6%。9・7%のドイツや9・3%の英国と比べると相当低い。日本が豊かだからではない。国民の経済格差 の指標となる相対的貧困率は日本のほうが上だ(09年で16%)。

 この相対的貧困率から推計される日本の貧困層は1千万人を超える。生活保護はその5分の1しかカバーしていない。生活保護を問うなら、不正受給(乱給) よりもこちら(受給もれ=漏給)のほうがはるかに深刻な問題だ。

 もちろん、生活保護の増加を放置しておくわけにはいかない。一部の者に富が集中する一方で貧困がまん延する社会のあり方を是正することが必要だ。その責 任が政府にはある。生活保護という当然の権利行使を「恥知らず」よばわりする風潮は、貧困と格差拡大に対する政府・グローバル資本の責任を覆い隠す役割を はたしている。ゆめゆめ踊らされてはならない。(M)


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