2013年02月01日発行 1266号

【桜宮高「体罰」と橋下/子どもの死を政治的思惑に利用/狙いはトップダウンの教育支配】

 大阪市立桜宮(さくらのみや)高校の男子生徒が部活動の顧問教諭から体罰を受け自殺した問 題で、橋下徹市長は「教育現場の最悪の大失態だ」「教育委員会には任せておけない」として、強権発動をくり返している。体罰を肯定してきた自身の責任は棚 に上げ、一人の子どもの死を政治的に利用する−−橋下の暴挙を許してはならない。

ショック・ドクトリン

 体育系2科の入試中止、校長以下教員の総入れ替え、市立高校の府立への移管促進、市立小中学校全校長の外部採用を検討、そして市長が教育委員会に直接指 揮命令を出せる条例案の提案…。今回の事件をめぐる橋下の言動は、ショック・ドクトリンの一言で説明できる。

 ショック・ドクトリンとは、ジャーナリストのナオミ・クラインの造語。自然災害や戦争で人びとがショック状態に陥っている間に、平時ではおよそ不可能と 思われた過激な新自由主義「改革」を推進する行為を指す。

 たとえば、米ニューオーリンズがハリケーンによる大水害に見舞われた際、当時のブッシュ政権は被災した公立学校の再建ではなく、民間運営への移管に何十 億ドルもの政府資金を提供した。子どもたちが避難生活から帰ってきたときには、公教育制度の解体がほぼ完了していた。

 橋下が今やろうとしていることは、これと同じである。橋下は以前から、首長の意思を直接反映できない現行の教育制度を変えると公言してきた。彼にとって 今回の事態は、学校や教育委員会に対する市民の不信感に乗じて教育への支配介入を正当化する絶好のチャンスなのだ。

 無理難題(今回の場合は入試中止や教員の総入れ替え)をふっかけ、断られるとメディアを巻き込みボロクソに叩く。そうして相手を弱らせてから「譲歩」案 (実はこれが本命)を提示し、まんまと合意を取り付ける−−橋下の手口はいつもこれだ。

 桜宮高校の入試は橋下流パフォーマンスの材料にすぎない。本当の目的は、市場原理の導入を柱とする教育「改革」を進めるために、市長トップダウンの体制 を作り上げることにある。

 市立高校の廃止は橋下が大阪都構想で掲げている政策だが、それが体罰の根絶と何の関係があるのか。「民間人校長」なら体罰は無くなるとでも言うのか(し かもなぜ小・中学校で)。「非常勤の教育委員が調査を陣頭指揮するのは無理だ」なんてよく言えたものだ。衆院選にかまけて一か月間も市長公務を放棄した者 の言葉とは思えない。

橋下こそ暴力支配

 これまで橋下は体罰を肯定する発言をくりかえしてきた(表参照)。大阪市長就任後も「腹をどつかれた時の痛さ、そういうものが分かれば、相手側の方に対 しても歯止めになると思う」(10/2大阪市教育振興基本計画策定有識者会議での発言)と、体罰がいじめ対策に有効という驚くべき認識を示していた。

 今回の事件を受け、橋下は「自分の考えが甘かった」として、部活動における体罰禁止を徹底するとしている。さらに、「勝利至上主義という意識がこの問題 の根っこにある。こんな体育科に入ったら同じ意識の卒業生を出してしまう」と、入試中止の必要性を力説した。

 たしかに、「勝つためには何をしてもいい」という発想が体罰を助長してきたことは間違いない。だが、そうした競争主義・成果主義の教育を煽ってきたのは 誰か。橋下徹その人ではないか。彼が本当に反省しているのであれば、「教育は2万パーセント強制」という歪んだ教育観にもとづく政策を撤回しなければなら ないはずだ。

 橋下の反省が口だけのことは、その行為を見ればすぐわかる。「予算執行権は僕にある」と関連予算の凍結をちらつかせ、入試中止や教員の総入れ替え人事を 強要する。これはまさに職権乱用という暴力以外の何ものでもない。

 元プロ野球投手の桑田真澄は「『絶対に仕返しをされない』という上下関係の構図で起きるのが体罰です」(1/12朝日)と指摘する。そうした絶対服従の 上下関係を橋下は職員に強要してきた。暴力による支配こそ橋下流統治の本質なのだ。恐怖政治を続ける橋下が「体罰禁止」を語っても説得力はない。

【体罰をめぐる橋下市長の発言】

■口で言ってきかないなら手を出さなきゃしょうがない。頭を小突くと体罰だと騒ぐ。こんなことでは先生が教育などできない   =2008年10月、府民 討論会

■全部体罰は禁止というネガティブな言い方だけではなく、大阪の子どもたちには懲戒権が必要だと打ち出してもいいのでは。もみあげをつまんで引き上げるく らいはいいと思う
   =12年10月、大阪市の有識者会議

■正直、ぼくはクラブ活動の中でビンタすることはありうると思っている
     =13年1月10日、記者会見で

■自分の認識は甘すぎた。猛反省している      =1月12日、自殺した生徒の両親との面談後

気づき始めた市民

 「それにしても、橋下徹という男は、本来ならば責任を追及される側であるはずなのに、いつの間にか追及する側に身を置くことにかけては、当代きっての天 才だと思う」

 映画監督の想田和弘のツイート(1/16)がすべてを物語る。ただし、橋下の天才的ペテン術にも陰りがみえてきた。入試中止に対する多くの反対意見がそ の証拠だ。ネット掲示板には劇場型の政治手法を皮肉るこんな書き込みもあった。「敵がいるとイキイキするな この人」

 子どもの死を政治的に利用する橋下徹。その腐った性根に大阪市民もようやく気づき始めたようだ。火事場泥棒的教育「改革」を阻止する展望はここにある。    (M)


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