2013年07月26日発行 1290号
【自民党憲法改正草案とは何か 第5回 「緊急事態」を新設 内閣が憲法停止、服従強要】
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自民党憲法改正草案は新たに第9章「緊急事態」を起こした。
草案第98条は、内閣総理大臣が、閣議決定と国会の事前または事後承認により緊急事態を宣言することを可能と
した。緊急事態が宣言されると、内閣は法律と同等の効力の政令を制定できる(第99条)。
通常、法律の細部の事項については「政令の定めるところにより…」との規定を置く。国権の最高機関であり、唯
一の立法機関である国会=主権者である国民の代表が法律を定め、その細部の決定を行政機関である内閣に委任し、
この委任を受けて制定されるのが政令だ。だから政令が法律と同等の効力を持つとは、国民の権利・義務を国会では
なく内閣が単独で定めることができることを意味する。三権分立の一時的な停止であり、行政府に強大な権限を与え
ることとなる。
草案はあわせて、通常、国会の承認が必要となる財政支出の権限を緊急事態宣言の際に内閣総理大臣一人に与え、
地方自治体への指揮命令権も与えた。
さらに「国その他公の機関」の指示に従う義務を課した。義務を課せられるのは「何人(なんびと)も」であり、
日本国籍の有無にかかわらない。
内閣への法制定権の付与と総理大臣に対する財政出動・自治体への指揮命令権付与、国民への服従義務で国家総動
員体制を構築するのだ。
草案は、批判をかわすために第14条「法の下の平等」、第18条「身体の拘束及び苦役からの自由」、第19条
「思想及び良心の自由」、第21条「表現の自由」「その他基本的人権」が最大限に尊重されなければならないとす
るが、どんな制約であれ「最大限に尊重した結果です」と一言述べれば済み、実質的にはフリーハンドだ。
協力から強制へ
憲法第18条は「いかなる奴隷的拘束も受けない」とする。奴隷的拘束を無制限に禁じ、公権力と私人の間だけで
なく、私人間においても禁じる。しかし草案は「社会的又は経済的関係において」と私人の間に限定し、権力関係や
軍事的関係は除外している。
奴隷的拘束とは「自由な人格の持ち主であることと両立しえないほどの身体の自由の拘束」をさし、「身体の拘
束」とは、行為を制限することのみならず、行為を強制することも含む。手かせ足かせを用いての拘束や監禁などに
限らない広い概念だ。
原発事故の際、放射能被曝の恐れのある避難所にとどまることを強制され、遠方に逃げ出すことを制限されるの
は、奴隷的拘束に当たる。良心の自由に反して、「君が代」を斉唱し演奏させられることも奴隷的拘束にあたる。人
としての尊厳を損なう行動の制限・強制は、実力行使の有無にかかわらずすべて奴隷的拘束だ。
また、「拘禁理由の公開の法廷による開示」は現行憲法では権力側の義務として記されているが、草案第34条2
項では、拘禁されたものの請求権へと変更されている。開示を請求されても、権力側が応じないことを認めているの
だ。
これらは、平常時でも問題だが、とりわけ「緊急事態宣言」とセットで運用されれば、市民の管理統制・弾圧の手
段として警察・軍といった権力の暴力装置や自治体による人権侵害を可能とする。
自民党草案Q&Aでは、緊急事態について「国民保護法において、こうした憲法上の根拠がないために、国民への
要請は全て協力を求めるという形でしか規定できなかった」としている。憲法第9条の破壊とあいまって、「戦争が
できる普通の国」づくりに不可欠な条文なのだ。
日本国憲法
第十三条
すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大
の尊重を必要とする。
第十八条
何人も、いかなる奴隷的拘束も受けない。又、犯罪に因る処罰の場合を除いては、その意に反する苦役に服させられない。
第十九条 思想及び良心の自由は、これを侵してはならない。
第二十一条 集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。
第三十四条 何人も、理由を直ちに告げられ、且つ、直ちに弁護人に依頼する権利を与へられなければ、抑留又は拘
禁されない。又、何人も、正当な理由がなければ、拘禁されず、要求があれば、その理由は、直ちに本人及びその弁
護人の出席する公開の法廷で示されなければならない。
自民党憲法改正草案
第九十八条 内閣総理大臣は、我が国に対する外部からの武力攻撃、内乱等による社会秩序の混乱、地震等による大
規模な自然災害その他の法律で定める緊急事態において、特に必要があると認めるときは、法律の定めるところによ
り、閣議にかけて、緊急事態の宣言を発することができる。
2 緊急事態の宣言は、法律の定めるところにより、事前又は事後に国会の承認を得なければならない。(以下、
略)
第九十九条 緊急事態の宣言が発せられたときは、法律の定めるところにより、内閣は法律と同一の効力を有する政
令を制定することができるほか、内閣総理大臣は財政上必要な支出その他の処分を行い、地方自治体の長に対して必
要な指示をすることができる。
2(略)
3 緊急事態の宣言が発せられた場合には、何人も、法律の定めるところにより、当該宣言に係る事態において国民
の生命、身体及び財産を守るために行われる措置に関して発せられる国その他公の機関の指示に従わなければならな
い。この場合においても、第十四条、第十八条、第十九条、第二十一条その他の基本的人権に関する規定は、最大限
に尊重されなければならない。
4(略)
第十八条 何人も、その意に反すると否とにかかわらず、社会的又は経済的関係において身体を拘束されない。
2 (略)
第三十四条(第1項、略)
2 拘禁された者は、拘禁の理由を直ちに本人及びその弁護人の出席する公開の法廷で示すことを求める権利を有す
る。
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