2014年06月06日発行 1332号
【安倍首相も『美味しんぼ』叩き/原発推進派による言論弾圧/「福島の真実」のタブー化を狙う】
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安倍晋三首相も加わった、漫画『美味しんぼ』バッシング。鼻血描写などが「風評被害」や「福島県民への差別」を助長させるのだという。だが、問題とされた「福島の真実」編を読めば、当然のことを述べているにすぎないことがわかる。放射能汚染の実態を知られたくない原発推進派による言論弾圧−−それが一連の騒動の「真実」だ。
被曝の影響は事実
「根拠のない風評を払拭をしていくためにも、国として全力を挙げて対応していく必要がある」。安倍首相は5月17日、『美味しんぼ』をめぐる問題でこう発言した。日本の首相が特定の漫画の表現を批判した例はおそらく初めてであろう。
原発推進派が狂奔する『美味しんぼ』批判。そのポイントは2つ。まずは登場人物の鼻血と被曝を結びつけた描写を問題視し、「住民の被曝と鼻血に因果関係があることは考えられない」(菅義偉官房長官)というもの。つまり、「科学的知見に基づかない独善的な見解」(5/13読売・社説)として切り捨てたいのである。双葉町に至っては「原因不明の鼻血などの症状を訴える町民が大勢いるという事実はない」(小学館への抗議文)と言い切った。
都合の悪いデータを無視してもらっては困る。双葉町では原発事故から約1年半が経過した2012年11月、岡山大学の津田敏秀教授らの研究グループによる住民の健康調査が行われている。その中間報告によれば、鼻血などの症状の統計が有意に多いという結果が出ているのだ。
低線量被曝で血液関係の疾患が生じることは様々な事例が証明しており、福島でもチェルノブイリでも鼻血を訴える住民は多い。これを無視して被曝の影響を否定できるのか。少なくとも、大規模な疫学調査が行われていない現状で「因果関係はない」と断定するほうが、非科学的かつ独善的な見解というものだ。
「風評」ではない
2つ目のポイントは「許しがたい風評被害を生じさせている」(双葉町)というもの。風評とは根拠のない噂話のことだが、原発事故がもたらした放射能汚染は違う。事実である。福島県の農業・漁業・観光業が受けた被害に対し責任を負わねばならないのは、原発災害を引き起こした東京電力であり国なのだ。事実を描いた『美味しんぼ』を加害者よばわりする言説は責任転嫁というほかない。
そもそも、「風評被害」なるものは本当にあったのか。5月15日付の「福島民友」は「福島の温泉旅館にキャンセル/美味しんぼ問題、影響か」と報じたが、記事を読むとキャンセルは3件のみ。大口のキャンセルはないと、はっきり書いている。
福島在住の医療ジャーナリスト・藍原寛子によると、県内の観光施設や旅館には東京や福島のメディアから「キャンセルは出ていないか」との問い合わせが殺到したという(旅館従業員の証言)。メディアが「風評被害」をクローズアップするために、その実例を見つけようと動いたことは明らかだ。
放射能汚染について語ることを「復興の妨げになる」「経済に悪影響が出たら責任をどう取るのか」の殺し文句で封じ込める−。今回の騒動でよくわかっただろう。これが原発推進派の手口なのだ。
漫画の正しい主張
鼻血描写ばかりに注目が集まってしまったが、『美味しんぼ』では非常に重要な指摘がなされている。5月19日発売号の「福島の真実」完結編では、海原雄山(主人公・山岡士郎の父親)が、「千差万別の事情で福島を離れられない人も大勢いる」現実を踏まえた上でこう語る。
「私は一人の人間として、福島の人たちに、危ないところから逃げる勇気を持ってほしいと言いたいのだ。特に子供たちの行く末を考えてほしい。福島の復興は、土地の復興ではなく、人間の復興だと思うからだ」
これを受けて士郎は言う。「(私たちがやるべきは)福島を出たいという人たちに対して、全力を挙げて協力することだ。住居、仕事、医療などすべての面で、個人では不可能なことを補償するように国に働きかけることだ」
これが2年間に及ぶ福島取材で原作者の雁屋哲がたどりついた結論である。全面的に賛同する。本紙も同じことをくり返し訴えてきた。
飲食禁止、寝てもいけない「放射線管理区域」に相当する放射線量の地域が今も広範囲に存在し、多くの人びとが生活している。この事実を訴えただけで袋叩きに合うこの国は何なのだ。言論統制国家がもう始まっている。
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最近の『美味しんぼ』は、1テーマが完結するたびに休載するのが通例となっている。しかし、メディアはそうした事情はお構いなしに「原発事故の被害を描いた有名漫画が非難を浴びて休載に追い込まれた」式の報道をくり返している。そう印象づけることで放射能汚染の問題を語ることをタブー化したいのだ。
黙り込んだら原発推進派の思うつぼだ。今こそ原発に起因する「福島の真実」を語り広げねばならない。 (M)
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