2015年03月13日発行 1370号

【シネマ観客席/アメリカン・スナイパー/クリント・イーストウッド監督 2014年 アメリカ 132分/「対テロ戦争」促進映画】

 イラク戦争における米軍狙撃兵の回顧録を映画化した『アメリカン・スナイパー』(クリント・イーストウッド監督)が公開中だ。様々な論争を巻き起こしているこの作品、戦争の狂気に取りつかれた男の悲劇を描いた反戦映画なのか。それとも新手の愛国プロパガンダ映画なのか。

賛否の大論争

 主人公のクリス・カイルは、4度のイラク派兵で160人を射殺した「伝説の狙撃手」として知られる。除隊後は心的外傷後ストレス障害(PTSD)に苦しむ帰還兵の支援活動に従事していたが、2013年2月、相談に訪れた元海兵隊員に撃たれ死亡した。セラピーと称して射撃に連れ出したことが仇(あだ)となった。

 映画はカイルの38年の人生を綴っていく。テキサス州生まれ。厳格な父親に幼い頃から銃の扱い方を叩きこまれ、こう言い聞かされて育った。「人間には、狼、羊、番犬の3種類ある。お前は悪い狼から羊を守る番犬になれ」

 成長したカイルは、米国大使館に対するテロ事件を契機に番犬たる自分の使命に目覚め、海軍特殊部隊に入隊する。そしてイラク戦争が勃発(ぼっぱつ)。結婚したばかりの妻を残し戦地へ。最初の標的は、爆弾を抱え米戦車を狙う母親と子どもだった…。

 米国で戦争映画史上最高の興行記録を更新中の本作品、賛否の大論争を巻き起こしている。否定的意見の代表はイラク戦争の反省が皆無というもの。米国政府が様々な嘘をついてイラクの脅威を煽り、侵攻したことへの言及がないとの批判だ。

 一方、保守派の政治家・論客は「真の米国のヒーローを讃えるすぐれた映画だ」(共和党マケイン上院議員)と絶賛する。「映画を批判する者はこの国から出ていけ」とのバッシングも起きている。

 両者とも映画の見方がわかっていないという意見もある(米国在住の映画評論家・町山智浩など)。本作品はブッシュの嘘を真に受けた男が自滅する悲劇であって、イラク戦争の背景に触れないのは彼の視点で描いているから。つまり「右翼を主人公にした反戦映画だ」と言うのである。

靖国思想と同質

 実在のカイルはイラクの人びとを「野蛮人」と呼び、「俺が殺したのは悪党だから反省なんかしていない。もっと殺せばよかった」とうそぶくような人物だった。そんな彼もPTSDに苦しんだあげく非業の死を遂げた。それゆえ、「映画の主題は戦争国家アメリカの悲劇」といった解釈が出てくるのだろう。

 バカを言ってはいけない。反戦映画を戦争を起こさないためのもの、止めるためのものと規定するならば、『アメリカン・スナイパー』は断じて違う。むしろ、戦争継続を支援する役割を担っている。

 イーストウッド監督自身はイラク戦争に反対だったようだが、こうも語っていることを忘れてはならない。いわく「自分を犠牲にして死んでいく兵士には無条件で最大の敬意を注ぐべきだ」。そう、本作品は「兵隊さん、ありがとう」映画なのだ。

 米国ではアフガン・イラク帰還兵の自殺や暴力事件が相次ぎ、深刻な社会問題となっている。戦争国家を足元から揺るがす事態だけに、政府・軍当局も対応に追われている。ただし、連中の認識は「社会の肯定こそ最大のPTSD対策」というものだ。

 たとえば、海兵隊のある大佐は、「あなたたちは正しいことをした、してくれと国が頼んだことを果たしてくれた、私たちの誇りだ」という言葉が帰還兵にとって最大の贈り物になるのだ、と力説する(デーヴ・グロスマン著『「戦争」の心理学』)。

 この映画がまさにそうだ。カイルの行為は殺人を含めて「仲間を救うためだった」と正当化される。本編ラストに挿入されるニュース映像(カイルの葬列を見送る星条旗を持った大群衆)がすべてを物語る。過酷な状況下で任務を遂行した英雄を米国は決して忘れないというわけだ。

 靖国思想に似たこんなメッセージを発信する映画のどこが「反戦」なのか。PTSDの描き方も極めて甘く、とても多くの人命を奪った罪悪感に苛(さいな)まれているようには見えない。

偏見に満ちた描写

 何より劇中のイラク人描写がひどすぎる。出てくるイラク人は皆、「油断ならぬテロリスト」扱い。これでは観る者に「射殺されても仕方のない存在」との印象を与える。事実、「アメリカ・アラブ反差別委員会」によると、「映画を見て、アラブの奴らを撃ちにいきたくなった」というメッセージがネット上に多数書き込まれているという。

 そのくせ、米軍が多くの市民を殺害したことは都合よく無視している。たとえば、カイルの初任務となったファルージャ掃討作戦。「一般市民はもう避難した」と説明される。これには心底あきれた。非武装の民間人を大量虐殺した事実をなかったことにするつもりらしい。

 バグダッドでは「イラク人を侮辱している」との理由で、この映画の上映が中止になったそうだ。何の反省もない殺戮(りく)者の自滅を「戦争の悲劇でござい」と見せつけられたら、そりゃ真の被害者は怒るだろう。

 テロ根絶を名目に「イスラム国」掃討作戦の強化に乗り出したオバマ政権。『アメリカン・スナイパー』の記録的ヒットは、再び大規模戦争へと向かう米国社会の空気を反映している。    (O)



ホームページに戻る
Copyright Weekly MDS