2015年03月20日発行 1371号
【未来への責任(171)靖国神社は「侵略神社」】
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3月4日、ノー!ハプサ(NO!合祀)第2次訴訟の第3回口頭弁論が東京地裁で開かれた。2013年10月22日の提訴時にも来日した朴基哲(パクキチョル)さんが参加し、意見陳述を行った。
少し長くなるが朴さんの陳述を紹介したい。「父は私が生まれたことも知らずに亡くなった。祖母は息子を戦場に送った後、食事も出来ず、床に伏したまま、病気が回復できずに亡くなった。私が生まれてからあちこちを転々とし大変苦労しながら生きてきたことを父が知ったら、どんな気持ちになっただろうか。私のような韓国人には、引っ張られていった家族が後にどうなったのか、誰も教えてくれなかった。明日は帰ってくるだろうか、明後日には帰ってくるだろうか、毎日毎日希望を持ち、待ち続けた人々の心を考えてみてほしい。その苦痛が60年、70年経った今も続いている。人を引っ張っていって、どうなったのかも知らせることもせず、勝手に合祀し、過ぎ去った長い歳月を、靖国神社はどう説明しようとするのか。その多くの人々の恨みの気持ちに対し、どのように応えようとしているのか」と訴えた。
さらに朴さんは意見陳述の中で「韓国が植民地だった時期、韓国人を苦しめ、殺害した日本軍と警察が靖国神社にいる。また、父を引っ張っていき、軍人として訓練させ、戦場で死ぬようにさせた人々も靖国神社に一緒にいる。今私の父は靖国神社で、このような人々と同じ扱いを受けている」と指摘した。
前回裁判の準備書面2、今回裁判の準備書面3・4で原告側が指摘したように、江華島(カンファド)事件(1875年)で戦死した水夫が合祀されて以来、朝鮮の軍事支配の過程に関わった日本軍・警察の戦死者が靖国神社には多数合祀されている。
1910年の韓国併合条約が対等な立場で締結されたというのは歴史の偽造だ。併合以前から、日本は主権国家である朝鮮に軍用電信や軍用鉄道を引き、その周辺に「軍律」と呼ばれる軍事法制を敷き、電信切断などの妨害行為を行った者、犯人を匿(かくま)った者は死刑に処せられた。1900年代初めに朝鮮全土で沸き起こった義兵闘争に対して、日本軍は絶滅作戦を実施し、その過程の戦死者280人が靖国神社に合祀されている(『靖国神社忠魂史』)。日本軍側の記録『朝鮮暴徒討伐誌』によれば、1906年から11年の日本側戦死者136人に対して、義兵側の戦死者は1万7779人となっている。これをジェノサイドと言わずして何をジェノサイドと言うのか。
1910年には「韓国併合奉告祭」が靖国神社で催されている。韓国人にとって、靖国神社はまさに「侵略神社」なのだ。
2月25日に「安倍談話」の原案を検討する「21世紀構想懇談会」の第1回会合が開催されたが、こうした歴史の事実に向き合うことができなければ、日本への信頼を回復することは不可能だ。歴史歪曲の「安倍談話」など許してはならない。
(日本製鉄元徴用工裁判を支援する会 山本直好)
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