2016年04月01日発行 1422号

【どくしょ室/フクシマ5年後の真実 原発棄民 日野行介著 毎日新聞出版 本体1400円+税/ルポ母子避難 消されゆく原発事故被害者 吉田千亜著 岩波新書 本体760円+税/命綱の住宅無償提供までが…/避難者を切り捨てる安倍政権】

 東京電力福島第一原発の事故から5年。安倍政権および福島県当局は原発事故被害者を切り捨てる政策を矢継ぎ早に打ち出してきた。とりわけ深刻なのは、避難指示区域外避難者(いわゆる自主避難者)に対する住宅無償提供の打ち切りである。今回は最近出版された2冊の本から、デタラメ極まる避難者政策について考えてみたい。

不合理かつ矛盾だらけ

 最初に紹介する『原発棄民』は、原発避難者に関する毎日新聞の調査報道をまとめた一冊だ。避難者の生活基盤である住宅について、政府がどのように決めてきたのか、避難者の「被曝を避ける権利」がいかに踏みにじられてきたのかを記録している。

 今回の原発事故では、避難者が広域かつ多数にのぼることから、過去の災害では見られなかった現象が発生した。それは「みなし仮設住宅」の大規模な導入である。民間賃貸住宅や公営住宅の空き部屋を自治体が借り上げ、避難者に無償提供する制度だ。

 この「みなし仮設」について、避難者の多くは「いつ追い出されるか分からない」という不安を当初から抱えていた。その原因は提供期間を1年ごとに更新する仕組みにあった。仮設住宅は安全性・耐久性が劣るため居住期間が長期化してはならないというのだ(建築基準法の仮設建造物に関する規定を準用)。

 だが、「みなし仮設」は普通の住宅であり、提供期間を1年に制限する必要性はまったくない。「プレハブ型仮設入居者との平等性を配慮」という国の説明はあまりにも杓子定規だ。本当の意図が別にあるとしか思えない。

 「住み替え」が認められないことも避難者を苦しめてきた。子どもが生まれ手狭になろうが、健康上の問題が発生しようが、転居すれば「避難状態終了」とみなされ、住宅支援を打ち切られる。ところが、福島県外から県内に戻る場合なら国は柔軟な住み替えを認めている。安全性が劣るプレハブ型仮設への転居もOKなのだ。どうみても矛盾した対応である。

「復興の妨げ」扱い

 このような住宅施策の背景に何があるのか。いかなる政治判断が働いているのか。著者をはじめとする取材チームは政治家や官僚への直撃取材を試みる。浮かび上がってきたのは「避難生活が長期化することで復興の妨げになりかねない」との本音であった。

 昨年6月12日、安倍政権は原発事故からの復興方針を改訂し、閣議決定した。真っ先に掲げられたのは「避難指示の解除と帰還に向けた取り組みを拡充する」こと。その3日後、福島県は避難指示区域外から避難した人びとへの住宅無償提供を2017年3月で打ち切ると発表した。

 政府や福島県当局は「放射線量が年間20ミリシーベルト以下になったので帰還しても大丈夫」と言いたいようだが、もともと一般人の被曝限度は年間1ミリシーベルトだった。それを今なお上回る場所への帰還を住宅提供を打ち切ることで促すとは…。これが被曝の強要でなくて何であろう。

 原発再稼働やオリンピックのために「復興」をアピールしたい安倍政権。健康被害を懸念する避難者の思いなど二の次だ。著者は「この国の政府は原発避難者を消滅させようとしている」と批判する。あれほどの核災害を引き起こしてなお、命よりカネの政治は改まっていない。

母子避難者の苦悩

 次に紹介する『ルポ母子避難』は、子どもを守りたいとの一心で避難した母親たちの窮状を告発している。著者は首都圏に避難している母親たちの交流会を主宰するフリーライター。母子避難者の話を聞き、あまりの孤立無援に驚いたという。

 二重生活で支出は増えるのに、区域外避難者に対する東京電力の賠償は乏しい(大人12万円、18歳以下と妊婦は72万円の一時金のみ)。地元に残った夫や嫁ぎ先の理解を得られず、離婚する母親も多い。

 そもそも、一般に言う「自主避難」は決して「自主的」な避難ではない。子どもを被曝の影響から守るため、仕方のない選択だった。それなのに政府の避難指示がないだけの理由で「勝手に逃げた人たち」「お金がもらえていいわね」といった周囲の偏見にさらされる。「自主避難は自己責任なんだ」という意識を植えつけられ、心を閉ざしてしまう避難者もいる。

 福島県いわき市から幼い娘と避難した母親は、「母子」での生活であることを悟られないよう周囲との接触を避け、外へは男性のような服装で出かけていた。同じくいわき市からの母子避難者は「あいつが勝手に避難した」という夫の言葉に衝撃を受け、離婚を決意する。避難費用を捻出するため必死で働いたが、体調を崩し引きこもり生活に陥ってしまう。

 本書には十数人の母親が登場するが実名は半分以下の5人。「仮名」でなければ苦しい胸の内を打ち明けることもできない現実が彼女たちの追い込まれた状況を物語る。ある母親は「私たち自主避難者は棄民です」と話す。実際、区域外避難者に対する住宅提供の打ち切りは棄民政策以外の何ものでもない。

 国策である原発の事故で故郷を追われた人びとに対し、安倍政権は住まいの確保という最低限の補償すら放棄しようとしている。2冊の本が浮かび上がらせたのは、憲法が規定した生存権の保障を無視して恥じない政治の堕落ではないだろうか。原発避難者の命綱、住宅無償提供を打ち切らせてはならない。 (M)



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