2016年04月15日発行 1424号

【相次ぐキャスター降板/アベ政治批判者が番組から消える/圧力で「自粛」するテレビ報道】

 全局アベチャンネル化の始まりなのか−。この春、テレビ局を代表するニュースキャスターの降板が相次いだ。『報道ステーション』の古舘伊知郎、『NEWS23』の岸井成格(しげただ)、そして『クローズアップ現代』の国谷裕子(くにやひろこ)。いずれも安倍政権に物申したことで、攻撃にさらされてきた面々である。テレビ報道の現場で今、何が起きているのか。

これで最後なのか

 チーム古舘、最後の意地ということか。3月の『報道ステーション』(テレビ朝日系)は力の入った調査報道を連発した。まず、震災5周年の3月11日には福島県における小児甲状腺がんの多発について40分以上に及ぶ特集を組み、その実態に迫った。

 番組スタッフは30年前に原発が大爆発したチェルノブイリ現地を取材。比較的線量の低い場所でも甲状腺がんが発生し、低年齢の子どもは7〜8年後に発症しているなど、地元医師の貴重な証言を引き出した。国や福島県当局は福島の事故と甲状腺がんとの因果関係を否定しているが、その主張に疑問を投げかける優れたレポートであった。

 3月18日には、古舘キャスター自らドイツで取材した特集を放送した。ヒトラーの独裁を許したワイマール憲法の「国家緊急権条項」。それが憲法「改正」の突破口として安倍政権が導入をもくろんでいる「緊急事態条項」とよく似ているという内容だ。

 また、ヒトラーが「強いドイツを取り戻す」「この道以外にない」といった言い回しや、巧妙な言い換えを多用していたことが紹介された。独裁を「決断できる政治」に、戦争準備を「平和と安全の確保」に、といった具合である。現在の安倍晋三首相の言動と驚くほどそっくりだ。

 このほかにも、海兵隊の沖縄駐留に米国政府は必ずしも固執していないことや、戦争法の下で自衛隊が実戦の訓練を強化していることを現役隊員の証言で明らかにするなど、安倍政権が隠し通したい事実を暴く報道が続いた。今後もこうした内容の放送を期待したいものである。

 だが、『報ステ』を取り巻く状況を考えると、見込みは薄いと言わざるを得ない。

安倍の思惑どおり

 放送法を根拠に報道内容にいちゃもんをつけるなど、安倍自民党は『報ステ』に再三圧力をかけてきた。その一方で、官邸主導の懐柔策も弄してきた。安倍首相とテレ朝会長・社長の度重なる会食がそれだ。その結果、テレ朝上層部は政権との距離を急速に縮め、『報ステ』スタッフに路線転換を迫るようになる。

 昨年3月には番組の屋台骨を支えてきた松原文枝チーフプロデューサーが人事異動で外され、その1年後に古舘が退場した。コメンテーター陣も今回の番組改編を機に一新された。中島岳志(政治・歴史学者)、立野(たちの)純二(朝日新聞論説副主幹)、木村草太(憲法学者)。解釈改憲や戦争法強行を批判してきた識者がいなくなったのだ。

 ちなみに、古舘の後任は局アナが務める。テレ朝上層部と官邸の蜜月関係を考えると、政権批判の姿勢を打ち出せるとは思えない。長年、『報ステ』潰しを画策してきた政府・自民党にとっては期待どおりの人事といえる。

削られるデモ

 TBS『NEWS23』の岸井成格、NHK『クローズアップ現代』の国谷裕子もこの3月で降板した。アベ政治を批判した出演者が次々に報道番組を追われる異常事態だ。それなのに、当のテレビ局から抗議の声ひとつ上がらないのはどうしたことか。

 2月29日、高市早苗総務相の「電波停止」発言に抗議するジャーナリストたちが記者会見を開いた。会見では、政権の圧力に萎縮(いしゅく)するテレビ局の内部事情が匿名の証言で明らかにされた。

 「高市大臣発言を含めて一連の安倍政権下の動きで実際の報道現場に影響が出ているのは確かです。最も顕著に現れているのが、番組内の決定権者らの自粛です。やりたいのは分かるが我慢してくれ、そこまでは突っ込めないなどと言われることは何度もあります」(在京キー局報道番組のディレクター)

 「街録(街の声)を削りましたし、デモの(政府に)批判的な映像も自粛しています。デモは市民の意思を表す動きですが、デモを警戒している官邸に気を使ったのです。ニュースの選択の段階で気を使い、なくなったニュース項目は山ほどあり、数を上げたらきりがないほど気を使っています」(在京キー局報道局の中堅社員)

 「気付けば争点となる政策課題、例えば原発、安保を取り上げにくくなっている。気付けば、街録で政権と同じ考えを話してくれる人を何時間もかけて探しまくって放送している。気付けば政権批判の強い評論家を出演させなくなっている。(中略)若い新入社員などはそれをおかしいとは思わず、これを基準に育っている」(在京キー局報道局の若手社員)

 権力におもねる報道姿勢に疑問すら抱かない社員が増えているとは…。このままでは「気付けば全てのテレビ局が改憲有志連合に仲間入り」という日も近い。安倍のメディア支配はそこまで深化しているのである。    (M)



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