2016年04月15日発行 1424号

【ZENKO沖縄連帯ツアー 毎月、辺野古を訪れて】

 毎月、辺野古現地を訪れているZENKO沖縄連帯ツアー。3月は26〜28日に関西と広島のメンバーをZENKO沖縄が受け入れ、沖縄戦跡にふれ、辺野古で連帯を固めた。その報告が寄せられた。

安倍を倒すことで連帯

 連帯ツアー1日目3月26日は、南風原(はえばる)文化センターで旧陸軍病院20号壕に入り、暗くじめじめした狭い壕の中で、動けなくなった多くの傷病者が毒殺された歴史に触れた。

 27日は、辺野古浜の座り込みテントを訪問したが、この日はちょうど「7000日」。しかし、特にイベントをするでもなく、「相手よりも1日長く闘う」と淡々と語る口調に、長年(約19年)にわたる座り込みの重みを感じさせた。

 28日には、辺野古キャンプ・シュワブゲート前を訪問。200人ぐらいが駆けつけていた。工事車両の進入もなく、機動隊車両も減っているとのことだった。座り込みリーダーの山城博治さんは「29日から安保法制が施行される。私たちは、沖縄をこれ以上出撃拠点にすることはできない。暴力的で、言われもない差別である基地建設を許すことはできない。辺野古の埋め立て土砂の9割は全国から来る。全国が当事者だ。全国から闘えば状況を変えることができる。安倍のくそったれを倒しましょう」と熱くあいさつ。それに応えて横断幕を手渡し、ツアー参加者で「アベしんぞうおろし」を踊った。

 参加した1人は「国は民を守らない≠ニいう壮絶な歴史を改めて感じた。これは今の福島でも同じで、根の深い問題だと思った。普天間・辺野古基地を肉眼で見、私たちの問題として伝えたい」と感想を語っている。

(ZENKO関西・松谷卓人)

「基地なくそう」と訴える人

 私は初めて沖縄へ行った。行く前に沖縄について色々考えた。観光地のイメージか強く、海はきれいというポジティブなイメージだった。

 沖縄に着いて車で移動しているとき、街の風景を見ていたら軍用地の売買の看板を見つけた。本土では見ることのできないもの。私は違和感を覚えた。そして、想像以上の米軍基地の大きさだった。知識としては沖縄に米軍基地が集中していることは知っていたが、想像を超える基地の広さだった。沖縄の基地負担の大きさをこのときに知った。
 辺野古では最初に海を見た。とてもきれいな海で、この海を埋め立てるのはもったいないと思った。翌日にも辺野古を訪れた。ゲート前のテントには多くの人たちが集まっていた。テントと人の数に驚き、改めて多くの人が沖縄から基地をなくそうとしていることがわかった。

 基地があることで、騒音はもちろん墜落の危険性や米軍兵士による事件が絶えないことも改めてわかった。これらの問題と隣りあわせで暮らすのはとても危険だ。一刻も早く基地問題を解決することが必要だと思った。

  (ZENKO広島・S)



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