2016年04月22日発行 1425号

【どくしょ室/安倍政権にひれ伏す日本のメディア/マーティン・ファクラー著 双葉社 本体1000円+税/政権のポチ化する新聞・テレビ】

 昨年9月、外遊中の安倍晋三首相が記者会見で大恥をかいた事件があった。ロイター通信の記者に「シリア難民を受け入れる可能性はあるのか」という質問をぶつけられ、まともに答えられないという醜態をさらしてしまったのだ。

 質問者が日本のメディアなら決してこうはならなかっただろう。なぜなら安倍がこの種の記者会見を開く場合、官邸は質問を予定している記者に質問内容の事前提出を求め、記者もそれに従っているからである。

 ニューヨーク・タイムズ前東京支局長である著者は、日本のメディアのこうした実態について「民主主義国家では考えられない」と批判する。「私はメディア・コントロールに努める安倍政権よりも、やすやすとコントロールされるままでいる日本のメディアに強い危機感を覚えている」と。

 国家権力が報道統制を図るのは世の常だ。メディアは報道の自由を守るために闘わねばならない。ところが日本のメディアには「横の連帯」がない。報道各社や記者個人が権力の弾圧にさらされても、結束して支えようとしないのだ。

 それどころか、権力と一体化して標的を叩きまくる。日本軍「慰安婦」問題における朝日新聞バッシングがそうだった。安倍応援団の読売新聞や産経新聞が「朝日叩き」に加わるのはまだ理解できるが、この問題では毎日新聞もおかしな報道をしていたと著者は言う。

 2007年6月、米下院で「日本政府の慰安婦に対する謝罪要求決議」が採択された。決議案を書いたのはマイク・ホンダ下院議員のスタッフ(当時)で、毎日新聞は彼らに長時間の取材を行っていた。

 毎日の記者は「朝日新聞の報道と吉田清治氏の証言が謝罪要求決議案の根拠になったのか」と聞いたのだが、返ってきた答えは「全く関係ない」。そもそも朝日新聞を読んだことすらなかったという。

 それなのに、「毎日」は「朝日新聞の誤報が国際社会に誤解を広めた」との検証記事を掲載したのである。記者が見聞きした事実を無視し、安倍政権の主張に寄り添うような誤った言説をふりまく−−。日本のメディアの権力迎合ぶりはここまで進んでいる。

 著者がテレビ朝日内部の人間から直接聞いた話によれば、同局の政治部記者は「報道ステーション」のスタッフに対し、次のような苦情を入れたそうだ。「官邸から怒られると我々が取材できなくなってしまう。官邸を怒らせる報道をやめてほしい」

 こうした恥ずべき事例が本書にはたくさん出てくる。読んでいて暗澹(あんたん)たる気持ちになるが、厳しい状況の中でも問題意識を持って報道に取り組む新聞社や記者に著者はエールを送っている。私たちも彼らをしっかり支えたい。そうしないと日本のジャーナリズムは本当に死んでしまう。 

 (O)
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