2016年05月06日・13日発行 1427号

【国際環境疫学会の日本政府への書簡 甲状腺がん異常多発を国際的に再確認 科学的調査要求を、健診署名を】

 福島原発事故による子どもの甲状腺がん多発は、津田敏秀岡山大大学院教授などの分析で証明されているが、国内では大多数の「専門家」がこれを否定している。国際環境疫学会の議論と書簡は、原発事故による多発が明白な科学的事実として世界的に確認されたことを示した。その意義について医療問題研究会・林敬次さんに寄稿してもらった。


異常多発は世界の多数意見

 原発事故による甲状腺がんについて、国内では疫学者も含む多くの専門家が多発はない、原発と関係ない、と言い続けてきました。反原発の多くの識者もそれに近い見解をとっています。そのため、お子さんが甲状腺がんの人びとも、放射線障害を危惧されている人びとも苦しい立場に置かれてきたと思われます。

 私たち医問研は、日本小児科学会や公衆衛生学会、講演会などで、甲状腺がん異常多発やその他の障害の増加を警告し、昨年8月、それらの見解をまとめた本も発行しました。しかし、甲状腺がん異常多発を主張する論者は日本ではごく少数だったのです。

 昨年から今年に入り、この問題が国際環境疫学会(ISEE)で議論され、津田氏らの甲状腺がん異常多発を証明した論文(以下、津田論文)の発表で、世界の専門家に知られるようになりました。その中で、甲状腺がん異常多発を認める意見が世界の疫学専門家の間で逆転し圧倒的多数になったわけです。そのことが、今回紹介するISEEの日本政府あての書簡(要旨別掲)に示されています。

ISEE機関誌に津田論文

 津田氏らは福島県県民健康調査の甲状腺がんに関して公表された2014年末までのデータを分析し、論文にまとめました。それが2015年10月のISEEの機関誌『Epidemiology(エピデミオロジー、疫学の意)』電子版で先行発表されました。

 津田論文は、1巡目の「先行検査」では、最も発見率の高い中通り中央地域において発生率が日本全体の50倍、しかも低い被曝地域と比べると2・6倍の地域差があることを証明しています。また、2巡目の「本格検査」では非常に少なく見積もっても全国平均の12倍にも上り、明確に甲状腺がんの異常多発であることを証明したものです。

 ISEEは、環境汚染が人間などに与える影響を究明する世界最大の専門家の学会です。1989年には大気汚染等と共に「核施設近辺のがんのリスク」に関する会議を開催、当初から放射線障害の研究に着手しています。現在は、世界60か国以上の専門家が会員で、大気汚染、有害廃棄物、金属、放射線などの影響を解明する活動をしています。

 同学会の『エピデミオロジー』は、疫学の最も代表的な教科書を書いているケネス・ロスマン氏らが1990年に発行を始めたもので、このことも同誌の権威を高めています。ISEEは環境毒物の影響を研究する最も権威ある学会といえます。

日本政府・福島県への書簡

 そのISEEから、環境大臣など日本政府と福島県宛ての書簡(1月22日付け)が発表されています。

 「環境疫学者を代表して、ISEEは、福島住民において甲状腺がんのリスク増加が予想をはるかに上回っている、とする最近の科学的知見に憂慮している」に始まり、「甲状腺がんは他の地域の12倍に増加している」と指摘しています。福島原発事故が地元住民に与える長期的影響を監視する適切なデータや調査が不足しているために津田氏らの研究が行われたと、暗に政府・県の研究・調査の不足を指摘しています。

 ISEEは、日本政府に、原発事故による福島県の人びとの健康障害を科学的に評価する方策の立案を求めています。また、環境中の放射線被曝を詳細にモニターすることは、科学的観点から必須で、原発事故の健康障害を減らす国際的な知識体系構築に非常に貢献する、としています。

 そのために、ISEEは専門知識を活用して日本政府を支援できるので、共同の活動をするかどうか、するとすればどのような関与方法があるか知らせてほしいと提案し、政策の立案と実行を迫っているのです。

低線量も害とするISEE

 論文発表に先立って、昨年5月、ISEEは津田氏に対して、福島県の甲状腺がん多発を証明した分析を特別のシンポジウムで発表するように要請しました。要請文には、ISEEは100万人について1人に害を与えるような環境汚染物質を問題にしていることが明記し、100_シーベルトよりはるかに低い被曝の障害性をしっかり指摘しています。

 昨年9月、そのシンポジウムでは、疫学・環境疫学者(放射線分野の学者を含むと思われる)との十分な議論を行いました。その準備のもとで、最終的な発表以前に、まず電子版で公表。それに対する意見を募集し、さらに議論を重ねた上で最終的な出版となっています。

 一般の医学論文とは比べものにならないほど議論がつくされました。つまり、放射線分野も含む世界の環境疫学者の多数の専門家の賛同を得たのが津田論文なのです。

 ISEEは、この論文を世界に発表した上で、同学会の13人からなる「政策委員会」で論議し、全員一致で書簡の送付を決定しています(3/7毎日)。学会としてこの論文の趣旨を認め、それに基づいて行動を起こしたのです。

ISEE書簡の影響

 すでに津田論文とこの書簡は、直接的、間接的に世論に大きな影響を与えています。事故から丸5年となる3月、報道ステーションは甲状腺がん問題を正面からとらえた特集を組み、日本テレビでも津田氏の出演があるなど、マスコミも甲状腺がんの多発と原発の関係を否定できないようになっています。

 「多発」は福島県・政府も認めざるを得ず、3月の県民健康調査検討委員会の「中間取りまとめ」では、全国平均の「数十倍のオーダーで多い甲状腺がんが発見されている」との認識を示しました。

 その上で、原発事故との関係をなんとか否定しようといいわけを並べています。「将来的に臨床診断されたり、死に結びついたりすることがないがんを多数診断」をはじめ、被曝量が少ない、被曝から発見までが短すぎる、年齢が低い、地域別の発見率に大きな差がない、などです。すべては、学会機関誌に反論として出された意見(おそらく原子力ムラからであろう)と一致しています。したがって、これらの「反論」は、すでに世界の疫学者の大多数から否定されたものにすぎません。

 3月12日、「311甲状腺がん家族の会」が発足しました。この動きにも、津田論文とISEE書簡は大きな影響を与えると思われます。

 環境省は、なおもこの書簡を無視する意向を表明しています(3/7毎日)。しかし、もはや日本の専門家が原発事故と関係ないとしていることを理由に、事実を無視することはできません。世界の専門家の多数は、甲状腺がん多発があり原発事故に関連していると認めているではないか≠ニ言えるわけです。

 ISEEは、明らかに現在の政府と県の調査では不十分とし、より科学的な調査を行い、甲状腺がんだけではなく多くの放射線障害について追跡することを求めています。

 ISEEの書簡を大きな力に、私たちは政府・福島県に科学的な調査を求めることができます。放射能健診署名はその背景となる運動として、一層大きな意義を持つことになったと思います。

日本政府当局(環境省、福島県、環境大臣)宛ての国際環境疫学会書簡(要旨)

 国際環境疫学会ISEEは、福島住民の甲状腺がんのリスク増加が予想をはるかに上回っているとする最近の科学的知見に関して、憂慮を表明する。

 公開された研究は、福島住民が甲状腺がんを発症するリスクが日本の他地域の集団に比べて12倍であることを示した。非常に高いリスクである。前々から、福島原発事故が地元住民に与える長期的影響を監視するための適切なデータや調査が不足しているという懸念があったが、研究はその懸念に基づき遂行された。この研究は、事故により影響を受けた集団に対し、甲状腺がんを早期に発見・治療するために、体系的な調査を継続する必要を示している。

 我々は、国民の福利に奉仕すべき政府に対し、福島住民の健康を科学的に記述し追跡を行い、2011年の事故による健康リスクをより良く理解し評価するための一連の方策を立ち上げることを求める。事故後も環境中に残存している可能性がある放射能による住民の被曝を詳細にモニターすることは、科学的および予防的観点から必須であると考える。

 ISEEは、その専門知識を活用して上に述べた調査活動を手助けし支援することができる。あなた方が、ISEEの関与の可能性を考えているのか、どのような関与を想定しているのかを知りたい。

 この書簡に対する見解と、あなた方の計画を聞くことができれば幸いだ。

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