2016年06月03日発行 1430号

【櫻井よしこのウソ八百/災害をダシにした改憲策動にだまされるな/緊急事態条項は必要ない】

 改憲勢力が巨大地震などの災害対策を口実に憲法「改正」の必要性を訴えている。「緊急事態条項」のない欠陥憲法のせいで、助かる命が助からなかったというのである。ジャーナリストの櫻井よしこらがふりまいている言説だが、ウソ八百もいいところ。連中が指摘するような事実はないし、被災地は国家への権力集中など求めていない。

憲法の欠陥と主張

 憲法記念日の5月3日、日本会議系の団体が「速やかな憲法改正発議の実現」を求める集会を開いた。主催者を代表して発言した櫻井よしこは、東日本大震災の被害が拡大した原因は今の憲法にあるとして、まずは「緊急事態条項」の導入から「改正」を進めるべきだと主張した。

 いわく「緊急の道路を造るのに、荷物、車、がれき、片付けようとしても、現場は戸惑いました。なぜなら、憲法で財産権の保障などをしていて、それに抵触するのではないかという思いを現場の人が持ったんです。その結果、多くの対策が遅れました。助けることのできる命が助からなかったのです」

 4月26日に行った記者会見でも、憲法の規定が邪魔して物資統制ができないため犠牲者が出たという主張を展開している。「ガソリンとか燃料が足りなくって、車も動かない、暖房も不十分でした。このとき緊急事態条項などがあれば、物資の流通ということにおいて、被災者の皆さんを困窮状態におくことはなかったのではないでしょうか」

 この珍説、櫻井の専売特許ではない。改憲勢力が戦略的に広めようとしている改憲推進論だ。たとえば、百地章・日大教授が監修した『まんが女子の集まるおしゃべり憲法カフェ』なる冊子でも、同様のエピソードがまことしやかに語られている。

 現行憲法は非常時のルールがない欠陥品。これでは国民の命と安全を守ることができない。だから、緊急事態条項創設のための「改正」を急ぐべき−−櫻井たちの主張をまとめるとこのようになる。

事実無根だった

 しかし、連中の主張には論理の飛躍があるし、話の前提からしてうさん臭い。

 まず、がれきの件だが、災害対策基本法64条2項により、市町村長は、応急措置を実施するために緊急の必要があると認めるときは、当該応急措置の実施の支障となる工作物などを除去できる。また、市町村の職員が現場に不在の場合、警察官が市町村の職権を代行することができる(同法64条7項)。

 また、同法64条2項の「その他必要な措置」には「最小限の破壊」も含まれる。財産権が邪魔をして建物を壊せず、閉じ込められた人を助けられない−−といったことはありえない。物資統制の面では、首相が国民に協力を求めることができる(108条の3)。

 このように、大規模災害に対応する現行法はある。わざわざ憲法をいじり、緊急事態条項を創設するような話ではないし、被災地はそのようなことを求めていない。

 毎日新聞が東日本大震災の被災42自治体に初動対応について聞いたところ、「緊急事態条項が必要だ」とした回答は1自治体にとどまった(4/30)。多くの首長は「国に権力を集中しても何にもならい」と否定的で、むしろ「自治体の権限強化」を求めていることが明らかになった。

 そもそも、東日本大震災において、“ガソリン不足のせいで緊急車両が動けなくなった”という事実はない。TBSの『報道特集』(4月30日放映)が岩手・宮城・福島の3県にある全36の消防本部に取材したところ、燃料不足のため緊急搬送できなかっという回答は1件もなかった。3月30日の参院災害対策特別委員会でも、土屋正忠総務副大臣が「燃料不足により消防車両が出動できなかった事例はない」と答弁している。

 つまり、櫻井や百地の主張は事実無根ということになる。連中は改憲容認へ世論を誘導するために、平気でウソ八百を並べ立てているのである。こんなイカサマ野郎たちがジャーナリストや学者を名乗る資格はない。

本当の狙いは独裁

 櫻井たちの背後には日本会議がいる。安倍内閣の強力な応援団である日本最大の右翼団体だ。連中はなぜ、9条改定(自衛隊の国軍化)ではなく、「緊急事態条項の創設」を憲法「改正」の第一順位に掲げているのか。

 簡単に言うと、緊急事態条項=国家緊急権を憲法に組み込んでしまえば、安倍一派が望む日本国憲法の全否定と同等の効果が得られるからだ。人権保障や権力分立という憲法秩序を停止し、国家権力のやりたい放題が可能になるのである。

 自民党改憲草案の「緊急事態」規定(98条)をみてみよう。自民案では内閣総理大臣が「緊急事態」を宣言すれば、内閣は法律と同一の効力を有する政令を制定することができる。さらに財政上必要な支出を自由に行うことができるようになり、地方自治体の長に首相が命令を出すこともできる。一方、国民は「国その他公の機関の指示」に従わねばならない。

 つまり、安倍政権が狙う緊急事態条項とは、三権分立と地方自治と人権保障を停止し、首相に一種の独裁権限を与えるものなのだ。おまけに、自民案では緊急事態の期間に制限がないときている。そんな猛毒を災害対策と偽って勧めるとは…。毒まんじゅう的手法とはこのことを言う。

 緊急事態条項は百害あって一利なし。戦争国家のための「独裁条項」だ。災害まで改憲に利用する人でなしどもの戯言(たわごと)を真に受けてはならない。  (M)

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