2016年06月10日発行 1431号

【安倍の「1億総活躍プラン」 1%≠フための99%¢酷ョ員 人間を経済に隷属】

 安倍首相の看板政策「1億総活躍社会」は、すべての国民を経済活動に隷属させることが狙いだ。それは、「新三本の矢」実現のためとする「ニッポン1億総活躍プラン」(以下「プラン」)にも見て取れる。

 「プラン」は総論で、「少子高齢化という日本の構造的問題に、内閣一丸となって真正面から立ち向かう必要がある」とする。以下、「アベノミクス新三本の矢」が目標とする「希望出生率1・8の実現」に向けての「プラン」の概要を批判する。

「人間改造」を強要

 非正規雇用の正規化や待遇改善とともにならぶのが、「社会生活を円滑に営む上での困難を有する子供・若者(不登校の児童生徒、高校中退者、若年無業者、ひきこもり、発達障害者など)への教育・就労にわたる切れ目ない伴走型支援の提供」だ。「希望どおりの結婚を実現するには、雇用安定や処遇改善による経済的基盤の強化が必要」とする。

 政府は非正規雇用労働者を増やして貧困を拡大し、正規雇用労働者には過労死に代表される過酷な労働を強いてきた。安倍の労働法破壊でその傾向はより先鋭化している。若者の将来への展望を奪っているのは政府自身だ。しかも、新自由主義的政策に貫かれている「すべては自己責任」との価値観が一層若者を追いつめる。

 いわゆる「フリーター、ニート」と呼ばれている若者たちの底流にあるのは、そのような社会に対する拒否である。若者らを排除する社会を支配層が作り上げてきた。変わらなければならないのは若者たちではなく、競争を万能とする新自由主義的政策で弱肉強食のジャングルのような社会を作ってきた安倍たち支配層だ。

 だが「プラン」が具体策として提示しているのは、助成金活用、ジョブ・カード活用、教育訓練、能力開発による若者のキャリアアップ、インターンシップなど従来施策の延長でしかない。相変わらず、若者の側にジャングル≠ノ適合するような「人間改造」を強要している。

 子育て分野も同様だ。

 国連子どもの権利委員会から是正を求められている「過度に競争的な教育」は継続され、キャリア教育は低年齢化。「グローバル社会での活躍」を目指して小学校・幼児教育まで英語学習を導入してきた。「プラン」では「イノベーション創出・チャレンジ精神に溢(あふ)れる人材の創出」として、小学校からコンピュータプログラミングの必修化に着手するとしている。

"育ち"も経済に組み込む

 一方で、今国会に提出された不登校対策法案≠ヘ、学校に行かないことを選んだ子どもたちに「学校生活への不適合者」とのレッテルを貼り「不登校児童・生徒の管理」のための法案となっている。当事者らは「人間に向けたまなざしではなく『人材』を選ぶ選別」と批判する。全くそのとおりだ。安倍は学校を「経済活動を担う労働力製造工場」としか見ていない。

 「プラン」は「広い意味での経済政策として、子育て支援や社会保障の基盤を強化し…」とする。子どもの育ちすら、経済に従属させる。そのような競争的教育を拒絶する子どもたちをも管理し、もれなく経済活動に組み込むことをもくろむのだ。

 「プラン」のもう一つの「子育て支援」―「多様な保育サービスの充実」でも子どもたちは置き去りだ。「プラン」は「保育の待機児童は2017年度末、放課後児童クラブの待機児童は2019年度末の解消」を目指すとしている。だが、進めていることは、保育施設の面積や保育士定数の緩和による「詰め込み保育」、認可保育所よりも基準が緩い企業内保育所への支援、果ては企業主導のベビーシッター利用者支援など。安倍は、子どもの発達を保障するための保育≠、子どもを預かるだけの子守り≠ゥ、かつての託児所£度で済ませようとしている。

 このような政策になるのも、待機児童の問題を子どもの育ちの問題ではなく、女性を労働力として駆り出すための障害としてしか見ていないからだ。だから、保育士給料の増額も、その専門性や責任の重さからかけ離れた「月額6000円」ほどしか出さない

 人間は経済成長のための道具ではない。1%≠フ富裕層を一層富ませるための経済活動に99%≠隷属させ、弱肉強食の社会を深刻化させてきた新自由主義的政策の延長線上では、希望は打ち砕かれ夢は紡げない。

 参院選で安倍を退場させ、社会を99%≠フ手に取り戻さなければならない。
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