2016年06月17日発行 1432号

【シネマ観客席/マイケル・ムーアの世界侵略のススメ −WHERE TO INVADE NEXT−/脚本・製作・監督 マイケル・ムーア 2015年 米国 119分/米国の常識は世界の非常識】

 マイケル・ムーア監督の最新作『マイケル・ムーアの世界侵略のススメ』(原題WHERE TO INVADE NEXT)が公開中である。米国社会に必要なものを得ようと、「世界侵略」の旅に出たムーア監督。そこで見たものは「アメリカの常識」を覆す各国の社会制度であった。監督の驚きは日本の観客にとっても新鮮な驚きであるに違いない。

こんなに違う働き方

 ベトナム、アフガニスタン、イラク…。米国が仕掛けた戦争はこのところ「失敗」ばかり。国内はちっとも良くならない。困り果てた国防総省は仇敵のムーア監督に極秘指令を出す。侵略者として外国に潜入し、米国に役立つモノを奪ってこい−−映画はこのような設定で始まる(もちろんジョークです。念のため)。

 星条旗をはためかせ、ムーア監督は旅立つ。欲しいものは石油じゃない。崩壊寸前の米国社会を救うためのアイデアだ。つまり、市場原理主義・弱肉強食の米国流とは違う社会制度や政策を諸外国から学ぼうというのである。

 最初の「侵略」先はイタリア。若い共働き夫婦と出会ったムーア監督は彼らの休暇に仰天する。年間の有給休暇は8週間。消化できなければ翌年に持ち越しできる。育児有給休暇は5か月取得することが可能。有給休暇の付与が法律で義務づけられていない米国とはえらい違いだ。

 企業も「ストレス解消で労働効率が上がる」と休暇取得を推奨している。「休みを削れば、もっと生産性が上がるのでは」というムーア監督の問いに、ある経営者は真顔でこう答えた。「何でそんなに稼ぐ必要が?」。まったくそのとおり。カネ儲けに人生を支配されてはつまらない。

 フランスでは公立小学校の給食メニューにびっくり。ちょっとしたフレンチレストラン並みなのだ。栄養のバランスもとれている。学校給食の例に示されるように、フランスの公共サービスは米国のそれとは比べ物にならないほど充実している。

 米国の保守派は「税金が高くなってもいいのか」と批判する。たしかにフランスの税金は米国より少し高い。だが、私費負担がないことを考えればむしろ割安だし、公共サービスなら誰でも平等に利用できる。こんな税金の使い方を米国でもできないものか。所得税の59%以上が軍事費に消えている現状を改めない限り無理でしょう…。

変えることはできる

 ムーア監督の旅は続く。フィンランドの学校には宿題がない。統一テストは廃止され、テストで点を取るための授業は教育ではないと考えられている。だけど学力は世界一。スロベニアは大学の授業料が無償。「借金」を抱えた学生なんていない。米国で授業料が払えなくなった若者たちがこの国に来て学んでいる。

 1週間の労働時間が36時間のドイツ。勤務時間外の労働者に仕事に関する電話やメールをすることは禁止されている。会社役員の半数は労働者から選出されねばならない。学校では自国の戦争犯罪をていねいに教えている。

 ほかにも、死刑制度を廃止したノルウェーやポルトガル、女性が民主化革命の原動力となったチュニジア、徹底した男女平等政策がとられているアイスランドの事例が紹介される。これらは皆、民衆が粘り強い運動の末に勝ち取ったものである。そして、実は米国から学んだものだった。

 たしかに、メーデーの発祥は米国だ(シカゴの労働者が8時間労働制を要求したストライキが起源)。婦人参政権も米国で最初に実現した(ワイオミング州)。ならば、社会の仕組みを市民本位に変えることは米国でも可能なはずだ−−。本作品のメッセージはこれに尽きる。

「日本の常識」を疑え

 米国同様、日本でも新自由主義の考えが「社会の常識」であるかのように思い込まされている。世の中は競争、敗者は自己責任、企業の利益が最優先などなど。おかしな経済政策で人びとの困窮化が進んでも、総理大臣は「この道しかない」と断言し、テレビは「ニッポンすごい」式の自画自賛番組をタレ流す。

 しかし、日本の常識は決して世界の常識ではない。刷り込まれた固定観念を打ち破るためにも、外に目を向けることが大切である。本作品はその一助となるはずだ。

   *  *  *

 さて、ムーア監督は来日経験も豊富なのだが、本作品に日本は登場しない。米国の悪いところばかり真似する日本から頂戴するものはない、ということか。待てよ。日本には戦争を放棄した憲法があるじゃないか。これこそ今の米国に必要なものだ。元のアイデアは米国という映画の趣旨にも合っているし…。

 でも無理か。現実の日本は世界有数の軍事大国。米国の戦争パートナーだ。安倍政権に至っては憲法の破壊を企てている。これでは「憲法9条に世界は学べ」なんて言えやしない。この映画の続編が作られ、日本が登場するとすれば、民衆の力で安倍政権を倒したときではないか。(O)



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