2016年07月15日発行 1436号

【シネマ観客席/帰ってきたヒトラー ER IST WIEDER DA/デヴィッド・ヴェンド監督 2015年 ドイツ 116分/迫りくるファシズムへの警鐘】

 あのアドルフ・ヒトラーが21世紀のドイツに復活。テレビやネットを駆使して大衆の心をつかんでいく−−。そんな筋書きの映画『帰ってきたヒトラー』が公開中である。排外主義がはびこり、極右勢力が台頭する現代社会。その危うさを、映画はフィクションとドキュメンタリーを織り交ぜた巧みな構成で浮かび上がらせている。

芸人としてブレイク

 物語はヒトラーが2014年のベルリンで目覚めるところから始まる。どうやらタイムスリップしてきたらしい。街行く人びとは彼を本物そっくりのコスプレ芸人と思い込み、時代錯誤の言動をネタとして面白がる。

 テレビ局をクビになったザヴァツキは、自身の復帰をかけて“芸人ヒトラー“の売り込みを計画。その一環として2人でドイツ各地を回った映像をネットに上げたところ大評判に。ヒトラー自身は人びとの根強い政治不信を知り、チャンスだと感じていた。

 ついにテレビに進出。ヒトラーはトーク番組で失業や貧困問題を語り、政治のふがいなさ、メディアのでたらめぶりを舌鋒鋭く攻撃した。的を射た「毒舌」に視聴者は大拍手。こうして人気者に成長したヒトラーは、フェイスブックを使って親衛隊を募集するのであった…。

背筋が凍る現実

 本作品はドイツで200万部を売り上げた小説を映画化したものだ。現代によみがえったヒトラーが大ブレイクするという展開は原作どおりだが、映画はある実験を試みている。「ヒトラーが本当に復活したらどうなるのか? 彼は再びチャンスをつかむのか?」(デヴィッド・ヴェンド監督)。この疑問を検証すべく、ヒトラーに扮した役者をドイツの街に送り出し、市民の反応を確かめたのだ。

 その様子はセミ・ドキュメンタリー形式で映画に取り入れられている。軍服姿のヒトラーは拒絶反応を示されるどころか、スマホで写真を撮ろうとする人たちに囲まれる。彼らに移民問題などの話をふると、外国人敵視の「本音」がバンバン返ってきた。

 旧東ドイツ地域の酒場。ヒトラー役が「ドイツのことを思うと眠れなくなる」と演説をぶつ。女性客は「聞いてて涙が出た」「国のために死ねる」とうっとり。ヒトラーとがっちり握手を交わした男性客は「俺もやるよ」。このやりとりは台本ではない。リアルな市民の反応である。

 ヒトラー役のオリヴァー・マスッチは、映画で割愛された驚きのエピソードを明かす。集まった人びとに「政府から手当をもらう失業者をどう思うか?」と水を向けてみた。すると「強制的に働かせればいいんだ」という声が。「まさに私が1933年に始めたことだ。強制収容所をまた立ち上げるのか?」とたたみかける。返ってきた答えは何と「いいね!」だった。

 ドイツでも排外主義や歴史修正主義が社会の底部を侵食していることがわかる。貧困と格差の拡大にあえぐ人びとのネガティブな感情を巧みに糾合するデマゴーグが現れたならば、社会全体が危険な方向に突っ走りかねない。かつてナチスが「合法的」に政権を獲得した時のように。

 物語の最終盤、ヒトラーはザヴァツキに言い放つ。「私は〈民主的〉な方法で選ばれた。自らのビジョンを明確に打ち出した者を国民は指導者に選んだのだ。それとも君は選挙を否定するのかね」

 そして、極右政治家の演説や移民排斥デモなどのニュース映像が流れ、映画は現実と接続する。観客はもう笑っていられない。ファシズムが背中にへばりついた現実に気づかされ、慄然とする。

日本のヒトラーたち

 印象的な場面をひとつ。皆が“芸人ヒトラー”をもてはやす中、ある認知症の老婦人だけが激しく反発する(彼女は家族をガス室で殺されていた)。「昔と同じだね。みんな最初は笑っていた」

 米国のトランプ現象や大阪における「橋下劇場」を想起したのは私だけではあるまい。トランプや橋下徹を人気者に押し上げたのはテレビのバラエティ番組だった。トランプもそうだが、橋下は当初「お笑い候補者」の類(たぐい)と見られていた。突拍子もない言動を真剣に受け取る人は少なかった。だが、「ふわっとした民意」を味方につけた橋下は権力を奪取。むきだしの新自由主義政策を断行していった…。

 トランプも橋下も、現状への強い不満に起因する人びとの嫉妬心や憎悪を刺激し、それに共鳴してくる者たちを自らの権力基盤に仕立て上げていく。これはファシズム特有の政治手法であり、安倍晋三首相も同じ手口を使う。彼らはまさしく「ヒトラーの子どもたち」なのだ。

 そんな奴らが権力の中枢にいる日本の場合、ヒトラーはすでに帰ってきていると言えよう。事態は小説や映画で警鐘を鳴らす段階を超えているのかもしれない。  (O)



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