2016年07月22日発行 1437号

【英国のEU離脱 背景に新自由主義への怒り 対案はEUの抜本的民主化】

 EU(欧州連合)からの離脱の是非を問う6月23日の英国での国民投票は、離脱支持が51・9%、残留支持が48・1%となった。保守党のキャメロン首相は辞意を表明し、英国はメイ新首相のもとでEUとの離脱交渉を始める。東欧10か国の加盟により28か国を擁するにいたったEUは、加盟国の初の離脱という危機に瀕している。

EU加盟国(28か国)

 EU離脱の意志をもたなかったキャメロンが今回のような国民投票を2013年に提案した背景には、彼自身と保守党の権力を確保するための計略があった。彼は、保守党のEU反対派をなだめて党内で自らの威信を高め、2015年の総選挙では市民のEU批判票をとり込むことで保守党による単独過半数を確保し、国民投票という脅迫でもって英国の特権的な地位をEUに認めさせようとした。

 そして、彼はこれらの目標をいったんは達成した。今年2月のEU首脳会議では、EU域内からの移民に対する英国での福祉給付の制限や、ユーロ圏の危機に英国は関与しないといった、英国に対する例外的処遇が認められた。ところが、EU離脱を望む世論はキャメロンの予想を超えて広がっていた。

厳然とした格差

 野党の労働党は「残留して、(EUを)改革する」と訴えた。しかし、国民投票は「離脱」または「残留」の二者択一であり、「EUの改革」という選択肢は投票用紙になかった。離脱を望まないがEUの現状には批判的である市民は、不本意な選択を迫られた。

 英国では、サッチャー政権以来の民営化と金融規制緩和により、製造業の衰退と金融業の肥大化が進んだ。GDP(国内総生産)に占める製造業の比率は16%しかないのに、金融業のそれは10%を超えている(アメリカは8%、日本は6%)。金融街であるシティをかかえて繁栄するロンドンと、工業の衰退した地方都市や農村部との格差が、厳然と存在する。

 離脱票が7割以上を占めた地域の多くは農村地帯や地方都市であるのに対し、ロンドンでは残留票が6割もあった。学歴が高くなるにつれて残留支持の比率が上昇することも明らかになっている。残留票は義務教育修了者のあいだでは34%しかなかったが、大卒以上では71%に達した。格差と貧困は今回の投票結果に確実に影を落としたのだ。

EUの新自由主義を拒絶

 では、地方の貧しい市民たちの多くはなぜEUからの離脱を選んだのだろうか。要因は2つある。

 1つは、EUの政策決定の不透明性・非民主性と新自由主義への傾斜とに対する拒絶である。EU法の発議権は官僚機構である欧州委員会が独占し、法の最終的な決定権限は加盟国政府の閣僚からなるEU理事会が握っており、市民の投票で議員が選ばれる欧州議会はそれに間接的に関与しうるにすぎない。しかも、密室で決まる法と政策は、規制緩和と緊縮財政の押しつけに偏っており、金融規制やEU労働法の発展は遅れている。

 もう1つの要因は、政府の失政に向けられるべき市民の不満が、英国独立党やジョンソン元ロンドン市長らによってEU域内からの移民の問題へとそらされたことである。なるほど、東欧等のEU加盟国から英国へ入国した移民の数は2004年以降の10年間で100万人に上る。国民投票に先立ち、英国独立党は「移民が低賃金で働くから英国人の賃金が上がらない」「移民のせいで住宅が足らない」などと主張した。しかし、低賃金や住宅不足は保守党政権の新自由主義政策によってもたらされたものだ。

 キャメロン政権は2015年10月に、総選挙対策としてぶち上げた最低賃金の引き上げを実施し、21歳以上の労働者の最低時給は6・5ポンドから6・7ポンド(約1200円、当時)へと増えた。しかし、基本的な生活費を賄うことのできる賃金水準を示す「生活賃金」は7・85ポンド(約1400円、同)であるから、最低賃金で働く労働者は2つの仕事をかけもちしないと生きていけない。

 保守党政権による民営化政策のもとで、公営住宅は次から次へと高級賃貸住宅や100万ポンド(1億9千万円)もする「億ション」に生まれ変わっている。2012年4月から2015年半ばまでで約2万軒の公営住宅が売却されたのに対し、新築の公営住宅は3364軒にとどまった。

 低賃金労働と住宅不足をもたらしたのは、ユーロ危機後の不況と緊縮財政のもとで仕事を国外に求めた東欧諸国からの移民ではなく、キャメロンの新自由主義政策である。

民主的なEU構築へ

 1980年代から保守政党だけでなく社会民主主義政党によっても実行されてきた新自由主義に対する人びとの反発は、ギリシャやスペインでは新しい左派政党の台頭をもたらした。

 だが、英国、フランス、ドイツでは極右政党によって排外主義へと組織されつつある。フランスでは「国民戦線」が、ドイツでは「ドイツのための選択肢」が欧州議会選挙と地方選挙で票を伸ばし、大統領の座や国政進出を見通すにいたった。これらの極右勢力は、EU離脱を問う自国での国民投票をも要求している。

 しかし、新自由主義的なEUへの対案は、豊かな国のみが選ぶことのできる自国中心主義ではない。ユーロ危機のあとにEUとIMF(国際通貨基金)から過酷な緊縮財政を押しつけられたにもかかわらず、6月26日の総選挙で2議席を増やしたスペインのポデモスが唱えているのはEUからの離脱ではなく、緊縮政策の撤回をはじめとするEUの抜本的な改革である。新自由主義に対する人びとの批判を排外主義に組織させてはならない。EUは、域内の格差を是正する予算と資本に対する規制能力とを備える民主的な政体として刷新されなければならない。
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