2016年07月22日発行 1437号

【参院選 メディアの大罪/政府・自民党の脅しに全面屈服/「改憲隠し」に加担したテレビ】

 参院選の結果、改憲勢力が「憲法改正国会発議」に必要な衆参「3分の2」を確保した。それほど重要な選挙だったのにもかかわらず、今回も投票率は低調なまま。最大の争点のはずの「憲法改正」について議論が深まることはなかった。これは自民・公明両党のだんまり戦術もさることながら、メディアの報道姿勢によるところが大きい。

成功した争点そらし

 自民、公明、おおさか維新ら改憲勢力に、改憲発議の要件である3分の2議席以上を許すか否か−。今回の参院選の焦点はここにあった。だが、世間の空気は違ったようだ。毎日新聞が7月10日、全国の街頭で有権者150人に「3分の2」の意味を聞いたところ、6割近くにあたる83人が「知らない」と回答したのである(7/11朝刊)。

 「えっ、9条がいじられるってこと? みんな知らないんじゃないかな」(29歳男性)といった反応はまだいい方で、大半の人が正解を伝えても「ふーん」と無関心な様子だったという。

 疲弊する地方ではもっと極端な結果が出た。高知新聞が7月2日〜4日、高知市内の街頭で同様の質問をぶつけてみたが、有権者100人中83人が「3分の2」の意味を全く知らなかった。「1票の格差的なこと?」(21歳女子大生)、「選挙に無関心な国民の割合?」(38歳自営業男性)、「えっ憲法改正のことって? そんな大事なことは新聞が大見出しで書かなきゃだめでしょ。全然知らなかった」(74歳男性)等々。

 「自民党の憲法改正草案を読んだことがありますか」との質問には10人が「ある」と答えた。ただしこれは「新聞やテレビでちらっと」を含めた数字である。内容を熟読したという人は1人もいなかった。「憲法改正」自体の賛否はどうか。「賛成」35人、「反対」51人、「どちらでもない・回答なし」が14人。多数派を占める改憲反対の人であっても、今回の選挙の重要性を十分理解していたとは言い難い−−そんな現実が浮かび上がってくる。

 各種世論調査をみても、重視する政策・争点に「憲法改正」を挙げた人は10%台前半にとどまっている。こうした反応を総合すると、憲法問題は参院選の争点にならなかったと言わざるを得ない。

露骨な脅しに沈黙

 安倍晋三首相は1月の記者会見では、改憲について「参院選でしっかり訴えていく。その中で国民的な議論を深めていきたい」と述べていた。ところが、選挙遊説では憲法に一言も触れなかった。「自民党が先頭に立って憲法改正に旗を振る姿勢を示したら、選挙に勝てない」(二階俊博総務会長)からである。

 もっとも、政権与党が自らに不利となる争点設定を好んで行うはずもない。問題は自公の姑息な「改憲隠し」に加担したメディアの姿勢にある。公示日後に放映された党首討論番組は一度だけ(前回2013年は公示後に4回行われている)。自民党サイドの要請を各テレビ局が受け入れた結果である。

 そもそも、選挙報道自体が大幅に減った。舛添要一前都知事の「金銭疑惑」追及には異常なほど熱心だったワイドショー番組も、参院選はほとんど取り上げなかった。

 報道内容も各党党首・候補者の街頭演説をぶつ切りにして流すものがほとんどで、独自の調査報道は皆無に等しい。たまに「憲法改正」を争点の一つとして取り上げても、自民党が提示している改憲草案の内容(「戦争放棄」の放棄、「国民主権」の縮小、「基本的人権」の制限)には踏み込まないのである。

 テレビの選挙報道がこうなるのは予想されていた。自民党は2014年の衆院選前に、選挙報道の「公正中立」を求める文書をNHKと在京民放5局に送りつけた。今年2月には高市早苗総務相が、政治的に公平性を欠く放送を繰り返したと判断した場合、電波停止を命じる可能性に言及した。明らかに報道統制を狙った脅しだが、各テレビ局は表立った反発もなく沈黙。そして、安倍政権がその存在を疎ましく感じていた報道キャスターたちが相次いで番組を降板するに至る。

 参院選報道の体たらくは、政府・自民党の圧力にテレビ局が屈した、あるいは進んで従った結果なのだ。

まさに「ナチスの手口」

 前述の高知新聞の質問に、37歳の女性はこう答えている。「(憲法について)興味ない。もう毎日のことでいっぱいいっぱい。憲法っていっても生活から遠い存在。それどころじゃないです」。たしかに、日々の生活に追われる中で、憲法が話題に上ることは難しい。それこそ「舛添問題」級の報道がなければ、多くの人まで届かない。

 逆に言うと、マスメディアさえ黙らせれば、市民の関心をひかずに改憲策動を進められる公算が大きいということだ。かつて麻生太郎副総理はナチス・ドイツを例に挙げ、「わーわー騒がないで」憲法を変えた手口に学びたいと語った。事実誤認だらけの発言だが、これが安倍一派の本音である。「寝た子を起こすな」作戦の共犯者となったメディアの罪は重い。   (M)



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