2016年09月09日発行 1443号

【未来への責任(207)新たな「戦死者」迎えるヤスクニ】

 停戦合意が破綻した南スーダンで自衛隊PKO部隊の駐留がこれ以上長引けば、はじめての自衛隊員の戦死者を生じかねない。そういう状況のもとで、今年のヤスクニキャンドル行動は「戦争法の時代と東アジア−『戦死者』とヤスクニ−」をテーマに開催された。

 哲学者の高橋哲哉さんは、自衛隊の戦死者に対し政府が名簿を提供し合祀(ごうし)する可能性を指摘する一方、靖国神社は「大東亜戦争」までの戦死者が合祀対象であるとの立場を示しているため、8月15日の「戦没者追悼式」のような政府主催の追悼式を開き、天皇が「お言葉」を述べて首相が戦死者顕彰のメッセージを寄せる形で行われるのではないかと危惧を表明した。司会者が「今、自衛隊に戦死者が出たとしても、その責任を政治家にまともに追及できるマスコミはいない」と述べていたように、私たちは来たるべき戦死者とどう向き合うか、待ったなしの時代に突入したと思う。

 琉球新報の新垣毅さんが「沖縄では、戦闘員だけでなく学童疎開船の対馬丸の犠牲者やひめゆり学徒隊の女子学生など援護法の適用と引き換えに10万人余りが靖国神社に祀(まつ)られている。沖縄戦の真実を伝える体験者の減少に伴って、日本兵にガマを追い出された事実がガマを提供した『戦闘協力者』の殉国美談に置き換えられようとしている。この危機を乗り越えるためには、戦争の真実を伝え残していく『アーカイブ化』が重要」と指摘していた点が印象深い。

 集会を終えキャンドルデモに出発すると右翼の街宣車に阻まれ、表通りにしばらく出ることもできなかった。広い通りに出ると「朝鮮人帰れ!」の耳をつんざく怒号と「日本国と英霊を罵るヘイトスピーチを絶対許さないぞ!」と書かれた横断幕が私たちを出迎えた。デモの途中でも、戦闘服姿の「右翼」がデモ隊めがけて突っ込んでくる、それを機動隊が阻止するといった騒然たる状況が最後まで続いた。靖国合祀取り消しを求める韓国人元軍人軍属遺族の訴えを「ヘイトスピーチ」と罵る彼らの倒錯した意識、その根源にあるのが「植民地主義」とそれに根ざす差別排外主義、民族差別のイデオロギーである。

 「今の日本があるのは英霊の尊い犠牲のおかげ」。この言い古された常套(じょうとう)文句にだまされてはならない。「閣僚の私人として参拝は個人の信教の自由」とうそぶく日本政府は、天皇の命令一下「餓死」させられた多くの戦死者を英霊として祀り上げ、天皇と国体維持のため「無駄死に」させられた戦死者を「それでは浮かばれない」と無理やり美化する。その先には、新たな戦死者の肯定がある。

 8月15日、丸川珠代五輪担当相は「平和を守るために正しい選択ができるように、『お守りください』という気持ちを込めて」靖国参拝したという。韓国人合祀者のみならず全ての合祀させられた戦死者へのこれ以上の冒涜(ぼうとく)をやめさせたい。「平和を守るための正しい選択」は、深い「ヤスクニの闇」を照らし出し靖国神社を「廃社」させることである、と決意した集会だった。

(日本製鉄元徴用工裁判を支援する会 中田光信)

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