2016年09月16日発行 1444号

【ドクター林のなんでも診察室 帰還を地ならしする似非(えせ)科学論文】

 政府は、空間線量が年間50_シーベルト以上(2012年3月31日現在)で立ち入りが原則禁止されている「帰還困難区域」の一部地域を2021年から順次解除する方針を決めました(7/17朝日デジタル)。

 8月19日に白血病で労災認定された労働者の累積被曝線量は54・4_シーベルト。白血病の労災認定基準は年間5_シーベルトです。空間線量が年間50_シーベルト以上だった地域に同20_シーベルト以下になれば帰れとの表明は、まさに人権と法律無視の政策です。

 この政策に呼応するかのように、2016年に入って原発推進派医学部門の大ボス長崎大学山下俊一氏と同大学学長瀧重信氏の英語「論文」が相次いで「Clinical Oncology(臨床腫瘍学)」という雑誌に掲載されました。いずれも、著者に都合のよい「専門家の意見」と文献を集めた、科学論文とは言えないものです。山下氏は、原発事故からの「回復と立ち直り」に焦点を当ててメンタルに対する対処の重要性を強調。長瀧氏も、放射線そのものよりその社会心理的影響を避けるべきと主張しています。

 この主張を補完する英語論文が次々と発表されています。まず、避難した人の精神状態などの悪化は(放射線障害よりもむしろ)避難すること自体による、との論文が福島医大から少なくとも2編出ています。さらに、坪倉正治氏らの論文は「内部被ばくと土壌汚染『関係ほぼない』」と、強い土壌汚染でも大丈夫かのように福島民友新聞に報道されています。

 続いて、これも福島医大の鈴木眞一氏は、2016年に入り先の「Clinical Oncology」と「Thyroid(甲状腺)」 という雑誌に、福島県県民健康調査の甲状腺がんについてほぼ同じ報告を行っています。多数の甲状腺がん発見は原発事故と関係ないとして、次の理屈などを書いています。(1)甲状腺がん発見率が地域で違わない(2)チェルノブイリのデータと比べて年齢が高い(3)個人被曝線量と発見率が比例していない、などと原発事故との関連を否定し、甲状腺がんが多数見つかったのはなおも「スクリーニング効果」とするものです。

 私たち医療問題研究会の発行した本を読んでいただければ、それらの理屈の嘘を知ってもらえます。

 9月には原発推進派の主張を正当化する「国際シンポジウム」が開催されます。これまた、えせ科学により、強い被曝を受ける地域への帰還を強制するための地ならしをしているのです。

 今、政府・福島県は、帰還に邪魔になる現健康調査を縮小し、甲状腺がん多発をもみ消そうとしているようです。それに反対するとともに、甲状腺がん以外の障害の解明にもいっそう努力したいと思っています。

   (筆者は、小児科医)
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