2016年11月18日発行 1453号

【電通過労自殺の衝撃/安倍流「働き方改革」のまやかし/「定額働かせ放題」の悪法狙う】

 大手広告代理店・電通の新入社員が「過労自殺」した問題は同社への強制捜査に発展した。安倍晋三首相は「働きすぎによって貴い命を落とすようなことが二度と起こってはならない」と述べ、長時間労働の是正に乗り出す姿勢を示している。だまされてはならない。安倍が狙う「働き方改革」の正体は過労死をむしろ促進するものなのだ。

 「もう4時だ 体が震えるよ… しぬ もう無理そう。 つかれた」「はたらきたくない 1日の睡眠時間2時間はレベル高すぎる」

 このようなメッセージをSNSに残していた高橋まつりさんが2015年12月25日、自ら命を絶った。高橋さんは24歳。同年4月に広告大手の電通に入社したばかりであった。今年9月、三田労働基準監督署(東京)は高橋さんが長時間労働によりうつ病を発症していたと判断。彼女の死を労災と認めた。

 電通は25年前にも若手社員の過労自殺を引き起こしているのだが、裁判記録を見ると高橋さんのケースと共通の問題が浮かび上がってくる。時間外労働を実際より少なくみせかける電通の労働時間管理方法と上司の圧力だ。

残業の過少申告強要

 労働基準法は、1日8時間、週40時間を超える労働を禁じている。これを超えて働かせるには労働基準法36条にもとづいて労使が協定を結び(36協定)、労基署に届けなければならない。電通の場合、36協定で残業の上限を月70時間と定めていた。

 高橋さんの時間外労働は、自殺する直前の3か月、月70時間の範囲にぎりぎり収まっている。しかし、会社の入退館記録から積算した実際の残業時間は月130時間を超えていた。このようなズレがなぜ生じたのか。

 電通は労働者の勤務記録を自己申告制で管理している。これが「サービス残業」の強要に使われていた。たとえば、定時の5時半で仕事を終え、後は「私事」や「自己啓発」のために会社に残っていたと申告すれば、時間外労働はゼロということになる。

 ある30代の現役社員は、夜遅くまで残業したとき、私的な理由で会社に残ったことにして残業時間を減らしていると明かす。部長から「規定の残業時間を超えないように処理せよ」と指示を受けているためだ(10/27朝日)。

 高橋さんは上司から「君の残業時間の20時間は会社にとって無駄」といったパワハラ発言をくり返し受けていた(SNSの記述より)。彼女に対しても、労働時間を実際より短く申告する指示が行われていた可能性が高い。

 1991年8月、電通入社2年目の若手社員が過労自殺に追い込まれたときもそうだった。「常軌を逸した長時間労働」(東京地裁判決)が、自己申告制により過少申告されていたのである。遺族は企業責任を問う訴訟を起こし、2000年3月に電通側に安全配慮義務違反があったとの最高裁判決が確定した。

 だが、電通は「サービス残業」強要の温床となる自己申告制を改めようとしなかった。3年前には30代前半の男性社員が過労死し、そしてまた今回の悲劇。これが企業ぐるみの殺人でなくて何であろう。

長時間労働に拍車

 高橋さんの一件は社会に大きな衝撃を与えた。厚生労働省は11月7日、電通本社などへの強制捜査に着手。労基法違反容疑での書類送検を視野に入れているという。政府が「働き方改革で長時間労働対策もやっていく」(塩崎恭久厚労相)ことをアピールしてみせたというわけだ。

 世論を欺く政治ショーというほかない。長時間労働を是正するというなら、安倍政権が提出した労働基準法「改正」案(注)はどうなのだ。長時間労働を事実上野放しにするものではないか。

 一例をあげると、裁量労働制の対象拡大がそうだ。裁量労働制とは、仕事の時間配分などを労働者に委ねる代わりに、いくら働いても労使であらかじめ決めた「みなし労働時間」の賃金さえ払えば済む制度のこと。現在は「専門業務」と「企画業務」だけに限定されているが、財界の求めに応じ「課題解決型提案営業」(まさに電通の営業職のようなコンサルティング業務)にも広げようとしている。

 言ってみれば、「労働者の定額働かせ放題」を合法化するもので、長時間労働に拍車がかかることは明らかだ。労働者をいっそう酷使し過労死を助長する−−それが安倍政権が狙う「働き方改革」の正体なのである。

国策宣伝会社

 厚生労働省が労働時間短縮などに取り組む企業にお墨付きを与える制度がある。この「新くるみんマーク」認定企業に電通は過去3回も選ばれていた。電通と政府・自民党の関係を考えると「さもありなん」という気がする。

 電通は長きにわたり自民党の選挙広報をほぼ独占状態で引き受けてきた。安倍政権にもがっちり食い込んでおり、東京五輪招致時の首相スピーチも電通が演出した。「原発事故の汚染水は完全にコントロールしている」という世紀の大ウソは電通の仕掛けによるものだったのだ。

 今回の「働き方改革」なるキャッチフレーズも電通の発案によるものだとしたら…。さらなる労働者酷使の狙いを隠す美辞麗句にだまされてはいけない。     (M)

(注)労基法改悪案の大きな注目点は2つ。まずは、一定の年収を超える労働者には労働時間に関する規制を適用しない「高度プロフェッショナル制度」の創設だ。どれほど長時間働かせても罰則はなく、残業代を出さなくていいので「残業代ゼロ制度」と呼ばれる。もうひとつが、本稿で紹介した「裁量労働制の対象拡大」である。



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