2016年11月25日発行 1454号

【米大統領選 トランプ勝利の意味するもの グローバル資本主義は政治的危機に 排外主義と新自由主義をとめよう】

 11月8日の米大統領選挙において、「不動産王」の異名をとる共和党のドナルド・トランプが民主党のヒラリー・クリントンを破り、次期大統領となることが決まった。選挙の結果は、米国の民主・共和両党の主流派による新自由主義の政治が市民の多くから拒絶されたことを意味するだけでなく、グローバルな資本主義の政治的危機をも告げている。

グローバル資本の危機

 2008年のリーマン・ショックにより、新自由主義政策が生み出したグローバルな金融資本主義の経済構造の危険性はすでに白日のもとにさらされていた。にもかかわらず、各国の政府は米国を筆頭にして、国費による金融機関の救済を最優先し、金融資本主義の構造を人為的に延命させ、人びとに対しては緊縮財政下の失業と社会保障縮減を強制した。そうした延命措置は、規制緩和と緊縮政策の犠牲となる人びとの範囲をさらに拡大し、グローバルな資本主義の全体を包む政治的危機をもたらすことになった。

 この政治的危機が劇的な仕方で現れたのが英国と米国であったのは、偶然ではない。英国は新自由主義政策の母国であり、米国は新自由主義のグローバルな牙城である。6月の英国での国民投票におけるEU離脱の決定には、保守党政権の緊縮政策とEUの官僚主義に対する反発が背景にあった。そして米国における今回の大統領選では、製造業の衰退と失業をもたらした貿易・投資の自由化に対して白人の労働者層が反旗を翻した。どちらの国でも、本来ならグローバル資本に対して向けられるべき怒りが、排外主義的な政党(英国独立党)や候補者(トランプ)によって移民への憎悪にそらされていった。

 しかし、私たちは同時に、移民への反発の土壌となった政治的地殻変動にも注目する必要がある。つまり、既成の保守政党と(米国の民主党をふくむ)リベラル政党や社会民主主義政党が政権交代にかかわりなく実行してきた新自由主義政策は、この政策の最も長い伝統を有する英国と米国においてすら人びとから愛想をつかされたのである。

99%を拒んだクリントン

 トランプは、セクハラと人種差別を体中から発散して、共和党の主流派からさえ敵視されていた。それに比し、「米国における初の女性大統領候補」であり、アフリカ系市民のあいだで絶大な支持を得ていたクリントンは、大手の世論調査機関からすれば敗北するはずがなかった。クリントン自身はその敗因を、私用メール問題に関する連邦捜査局(FBI)による再捜査決定に求めている。彼女はこの期に及んでもなお現実を直視していない。クリントンが負けたのは、民主党の主流派がウォール街・製薬会社・軍需産業からの政治献金とメディア戦略のみを当てにし、99%の人びとの生活の苦しみに背を向けてきたからだ。

 クリントンが勝利を収めた州は、東海岸北部と西部にほぼ限定されている(地図参照)。これらの州は、ニューヨーク、カリフォルニア、ワシントンをはじめ、金融業やIT産業や大手メディアの集中する大都市を擁している。それに対してトランプは、製造業が衰退した中部の州を制しただけでなく、これまで民主党の牙城であったペンシルベニア州やウィスコンシン州でも勝利を収めた。それどころか、女性に対するトランプの言動からすれば大多数がクリントンに投票するはずの女性有権者も、その42%がトランプに投票しているし(クリントン票は54%)、アフリカ系やヒスパニック系等の白人以外の有権者ですら、21%がトランプに票を投じた。

 「米国を再び偉大にする」というトランプの主張をめぐっては、「トランプのいう、米国が偉大であった時代とは、公民権運動以前の1950年代における、白人中産階級がアフリカ系米国人を犠牲にして繁栄していた時代を指す」という指摘がある(会田弘継『トランプ現象とアメリカ保守思想』左右社)。しかし、白人中産階級の中高年層における1950年代への郷愁だけでは、今回の選挙結果を説明することができない。民主党政権による従来型の新自由主義が、性差や人種・民族の差異をも時に越えてしまうほどの著しい階級間格差と地域格差をもたらしたことこそ、民主党の伝統的な支持基盤をトランプが侵食することのできた根本的な理由である。

トランプの新自由主義

 トランプが選挙の前と後に公表した政策案には、TPP(環太平洋経済連携協定)からの離脱、約58兆〜106兆円の投資計画(投資額は選挙後にほぼ半減された)、2500万人の雇用創出などが掲げられている。だからといって、トランプが新自由主義から決別して「大きな政府」をめざしていると思い込んではならない。

 彼が移民の強制送還と並んで政権獲得後の最優先課題に挙げているのは、オバマケア(低所得層向け民間医療保険加入補助制度)の廃止または縮小であり、金融規制改革法の廃止または緩和であり、連邦法人税の減税(現行の35%から15%へ引き下げ)であり、所得税の減税と相続税の廃止である。なるほどオバマケアは、公的医療保険ではなく「国民皆保険」とも呼べない不十分な制度だが、それでも無保険者の数を2008年の15・4%から15年の9・1%にまで減らした。リーマン・ショック後にオバマ政権が設けた金融規制改革法もまた、銀行による金融デリバティブの取引を一部で容認するなどの抜け穴を設けているとはいえ、高リスク取引の禁止や住宅ローンへの規制強化が盛り込まれている。トランプはオバマ政権によるこれらのささやかな「成果」をすら掘り崩そうとしているのだ。そして、一方で大幅な減税を実施しながら他方で58兆円もの政府投資を実行することは、資本を儲けさせながら大量の国債発行によって政府債務を増やすだけに終わる。

 トランプの重点政策は結局、「小さな政府」をめざす新自由主義の典型例でしかない。「アメリカ・ファースト」とトランプが叫ぶ際の「アメリカ」とは実際には、彼が自分の支持基盤として利用した「怒れる」白人の中産階級を指しているのではなく、すでに国際競争力を失っている建設業や製造業等の資本家にとっての「アメリカ」だったのだ。トランプ自身を含む米国のそうした資本家にとって、日本のグローバル資本による米国進出を加速させるTPPは脅威である。TPP離脱という彼の公約は、国際競争力を失った産業部門に属する米国資本の階級的利害を表現したものにすぎない。

 しかし、米国の資本家の傍流であるトランプが主流派の資本へと接近していく過程は、すでに始まっている。彼は選挙中にクリントンを「ウォール街の候補」だと非難した(この非難は当たっている)。ところが、トランプ政権の財務長官の候補として名前が取りざたされるのは、ゴールドマン・サックスやJPモルガン・チェースといったウォール街の最大手の金融機関の幹部たちである。トランプの政権移行チームの一員には、IT企業の大手であるペイパルの創業者が起用された。

 TPPからの離脱を重要な公約に掲げて当選した以上、トランプ政権がTPPを現状のまま批准することはありえない。しかし、すでに1994年に発効しているNAFTA(北米自由貿易協定)についてすら、彼が「再交渉」を唱えていることは注意を要する。米国資本の主流派へ接近する過程で、彼が総資本にとってのTPPの意義を理解し、その再交渉を打ち出してくる可能性は排除できないからだ。トランプの政策は、排外主義と米国至上主義の要素を加味した新自由主義にすぎない。

排外主義の台頭許すな

 ドイツの左翼党は米大統領選の結果を受けた声明の中で、「米国の民主党がバーニー・サンダースを候補者に決定しなかったのは誤りであった」と述べている。クリントンは、民衆から忌み嫌われていたにもかかわらず、全米での有権者の得票率ではトランプをわずかに上回っていた(クリントンは45・7%、トランプは45・5%)。民主党と共和党の主流派候補に対する有権者の反発が頂点に達した中にあって、新自由主義からの決別を訴えているサンダースが民主党の大統領候補であったなら、支配者集団(エスタブリッシュメント)に対する人びとの憎悪をトランプにあれほどまでかすめ取られることはなかったかもしれない。にもかかわらず、民主党の執行部はサンダースに対してさまざまな妨害工作を仕かけ、彼の候補者選出を阻んだ。

 英国での国民投票と米国の大統領選挙において、左翼は99%の人びとの多数派を説得することができなかった。しかし、既成政党による新自由主義の政治が世界規模で正当性を失っていることが、米国大統領選挙の結果によって決定的に明らかになったのである。この正当性の空白を、トランプやマリーヌ・ルペン(フランスの右翼政党である「国民戦線」の次期大統領候補)のような排外主義者に埋めさせてはならない。

 今こそ、民主主義的社会主義にもとづく「もうひとつの世界」の具体的な構想を左翼が人びとに語りかけるべきときである。



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