2016年11月25日発行 1454号

【米大統領選 トランプ勝利をどうみるか/背景にグローバル資本主義の行き詰まり/民衆の不満を排外主義に糾合】

 「米国第一主義」を掲げ、過激な移民排斥を唱えるドナルド・トランプが米国の次期大統領に選出された。政治・公職の経験はなく、口を開けば差別発言のオンパレード。普通に考えれば泡沫候補で終わる人物が、どうして熾烈な大統領レースを勝ち抜くことができたのか。「トランプ現象」の背景を読み解いていきたい。

橋下劇場と同じ

 トランプとはどんな人物か。日本で言うと、橋下徹・前大阪市長と世間の注目を集める手法などがよく似ている。

 まず、どちらもテレビで名を売ったお笑い毒舌キャラであるという点。トランプはテレビ番組の司会者として人気を集め、決めゼリフの「お前はクビだ!」は流行語にもなった。得意の罵倒芸を買われ、プロレス団体WWEのリングに上がったこともある。

 しがらみのない自分だけが既成政治と闘えると訴え、現状打破を渇望する人びとの支持を集める−−この手口も橋下と同じだ。トランプはこう吠えた。「俺が大統領になったら、1%のスーパーリッチどもからこの国を取り返してみせる。他の大統領候補たちにできっこないさ。だって、あいつらはウォール街の連中から何千万ドルもの選挙資金を受け取っているんだから。俺様は違う。全部自腹だ!」

 不動産王で超富裕層に属するトランプが庶民の味方を気取るのはおかしな話なのだが、彼の主張には説得力があった。製造業の衰退によって経済的に追い詰められた白人労働者層こそ自分の票田だと見定め、彼らが喜ぶような主張を大々的にアピールしたからだ。

 国内雇用を減らすNAFTA(北米自由貿易協定)やTPP(環太平洋経済連携協定)にはすべて反対。中国製品の輸入を抑制すべく高率の関税を課す。公共事業で国内投資を拡大する等々。共和党主流派から党の「自由貿易」「小さな政府」路線に反すると批判されても、まったく意に介さなかった。

 この作戦が見事にはまった。CNNが行った出口調査によると、政府に「不満」「怒り」を感じている人は69%に上り、その58%がトランプに投票した。大統領に求める資質については、経験や判断より「変化をもたらすこと」が39%で最多。そのうち83%がトランプに投じたという。

 自動車産業の斜陽化が著しいデトロイト郊外のトラック運転手ロナルド・ミラーさんはこう言う。「この選挙は『クリントン王朝』の誕生を阻止し、エリートから権力を奪い返す革命なんだ。トランプ氏にはワシントンを破壊してほしい」(11/10朝日)

 このように、「支配エリートに対する大衆の反逆」という側面がトランプ現象にあることはたしかである。グローバル資本主義の行き詰まりがもたらした現象なのだ。

差別と憎悪をばら撒く

 もっとも、ウケ狙いで出した政策を支配層と対立してまでトランプが実行するとは思えない。事実、ウォール街の大物を財務長官に起用し、金融規制緩和に乗り出す方針が報道されるなど、強欲資本家の本性を早くも現し始めている。となると、支持者を失望させないための何かが必要となる。それが移民排斥であり、貧困層の切り捨てだ。

 トランプは誰の心にも存在する「ねたみ」の感情を焚きつけ、憎悪のパワーを自身の追い風とした。具体的には、移民やイスラム教徒らマイノリティーを「不当に優遇されている」と攻撃することで、生活苦にあえぐ白人労働者層の支持を得ていった。君たちの仕事を奪いに来た移民どもの救済に税金が使われるのはおかしい、というように。

 「人種や宗教による差別をしてはいけない」という米国社会の常識をトランプはくそくらえとばかりに無視した。「(メキシコからの移民は)麻薬や犯罪を持ち込んでくる。奴らは強姦魔だ」「移民が入ってこないよう、国境に壁を築き、その費用をメキシコに払わせる」「イスラム教徒の米国入国を全面的、完全に禁止すべきだ」−−選挙戦の過程でばら撒かれたヘイト発言の数々だ。もちろん激しく非難されたが、「言いたくても言えないことを言ってくれた」と喝采を送る人も大勢いた。「本音を言って何が悪い」と差別を容認する風潮をトランプは広げたのである。

日本も例外ではない

 グローバル資本主義に痛めつけられた人びとの怒りを、排外主義を掲げる極右勢力がデマゴギーによってかすめ取っていく−。トランプ現象をこう規定するなら、世界中で同様の現象が起きている。英国のEU(欧州連合)離脱、欧州各国における移民排斥の高まりと極右政党の台頭、などがそうだ。

 日本も例外ではない。橋下劇場という先例があることは前述したとおりだが、社会的弱者や国策に従わない者にヘイトスピーチを浴びせる風潮を政治家が率先して煽っている。社会に充満した差別と憎悪は必ず暴力へと発展する。究極的には戦争やジェノサイドに導くのである。

 本紙1436号で紹介した映画『帰ってきたヒトラー』において、ヒトラーはお笑い芸人として甦り、ファシズムを広げていった。今日のトランプ現象を予感していたように思えてならない。 (M)

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