2017年01月27日 1462号

【どくしょ室 相模原事件とヘイトクライム/保坂展人 著 岩波ブックレット 本体520円+税/差別思想を生む新自由主義】

 昨年7月、神奈川県相模原市にある障がい者入所施設で連続殺傷事件が起こった。元職員が19人の生命を奪い、27人に重軽傷を負わせたかつてない残虐な事件である。元職員は「障がい者抹殺」を予告する手紙を衆議院議長に出している。内容は優生思想を強調するものであり、ヘイトクライムの論理に貫かれていた。

 事件そのものと犯行の根拠となった思想は全否定されるべきものであるにもかかわらず、部分肯定論やネットでは賛美する書き込みさえ散見される。著者は事態に「イヤな空気」が立ち込めていることを感じ、ブログに意見を書いた。その内容や障がい者運動にかかわる人びとへのインタビューなどを基に本書を著した。

 事件はどのような波紋を起こしたのか。

 ある障がい者は「事件が起こってからは人びとの視線が厳しくなりました」「『障害者は邪魔だ』という意識があるのではないですか」と語る。そこには、障がい者への嫌悪感が隠されなくなっている風潮があり、労働力としての経済的価値や能力で人間を序列化する新自由主義的人間観が蔓延している状況がある。

 重複障がいを持つ福島智さんは、相模原事件が肉体的生命を奪った「生物学的殺人」と、人間の尊厳や生存の意味を優生思想によって否定する「実存的殺人」という二重の殺人であると指摘した。そして、ナチスが障がい者20万人を殺害した歴史にも言及する。

 ナチスの障がい者抹殺計画はT4作戦と称され、医師、看護師、介護士が実行者となった。ここでの毒ガス技術や殺害手順が引き継がれてユダヤ人虐殺につながっていく。T4作戦の前には劣等遺伝子消去のための断種法が成立。断種法からT4作戦、ユダヤ人虐殺と連続的段階的に進められた。「最初の段階で事態を止められなかったことが、最終的に600万人の死につながった」のである。

 ナチスの蛮行は優生思想を根拠に行われた。優生思想とは、「究極の差別・偏見にもとづいた『生きる権利』の否定」である。T4作戦の後に高齢者が攻撃対象とされる懸念があった。労働力や兵士として役に立たないからだ。だれもが高齢者になるのだから、順番に抹殺の対象となってしまう。すなわち、優生思想とはだれも逃れることができない自滅の論理なのだ。

 2006年に障がい者権利条約が国連で採択され、日本は2014年に批准。今年4月には障がい者差別解消法が施行された。だが、相模原事件に関する報道ではこうした内容に触れられることがなかった。差別の反対は無関心≠ニの指摘がある。優生思想やヘイトクライムとの対決のためには無関心という「多数の人に宿る真空地帯」に目を向け、「私たちのことを私たち抜きで決めないで」とうたう障がい者権利条約の精神を磨く必要がある。(I)
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