2017年04月21日 1474号

【シネマ観客席/標的の島 風かたか/三上智恵監督 2017年 119分/風よけとなり未来を守る】

 辺野古、高江、石垣、宮古…。沖縄の民意を押し潰し、軍事基地建設を進める安倍政権。「中国に対する抑止力だ」と政府は説明する。だが、軍隊が住民を守らないことは沖縄戦の歴史が証明している。公開中の映画「標的の島 風(かじ)かたか」(三上智恵監督)は、子や孫にのために立ち上がった人びとの姿を追ったドキュメンタリーである。

 昨年6月、元海兵隊員による暴行殺人事件の犠牲者を追悼し、海兵隊の撤退を求めた県民大会が那覇市で行われた。大会の冒頭、沖縄を代表する民謡歌手の古謝(こじゃ)美佐子さんが、母のわが子への愛情を込めた曲「童神(わらびがみ)」を歌った。「風(かじ)かたかとてぃ 産子 花咲さ」(私が風よけになって、この子の花を咲かせてやりたい)

 被害者の出身地である名護市の稲嶺進市長は、この歌詞を引いて語った。「われわれ行政にある者、政治の場にいる者、多くの県民、今回もまた一つの命を守る風よけ−風かたかになれなかった」。炎天下の会場を埋め尽くした6万5千人が泣いた。

 一方、沖縄を安全保障の風よけにしようと企む者たちがいる。自衛隊のミサイル部隊を南西諸島に配備する計画を日本政府は急ピッチで進めている。「中国の脅威から島を守るため」と言うが、本当の目的は沖縄を戦場とした「限定戦争」の準備にほかならない。そして、米国の極東戦略は日本全体を中国の拡大を封じ込める防波堤とみなしているのである。

 映画『標的の島』は「それら三つの『風かたか』=防波堤を巡る物語」(三上智恵監督)である。

母親たちの思い

 今年3月、宮古島の女性市議がSNSに投稿した発言で「炎上」する騒動があった。自衛隊配備後の性暴力事件発生を懸念する発言が「職業差別」にあたり、「議会の品位を著しく傷つける」として、宮古島市議会は当該議員への辞職勧告決議まで行った。

 産経新聞の報道やネットでしか経緯を知らない人は「左翼思想に凝り固まったとんでもない議員だ」と思われるかもしれない。だが、この石嶺香織市議(36)は三上監督が「かおりちゃん」と親しみを込めて呼ぶ3児の母親だ。地元の母親たちが立ち上げた自衛隊配備に反対する会の共同代表を務めている。

 映画には、夫の実家に出産を報告した香織さんが裏庭に胎盤を埋める場面が出てくる。先祖に感謝し、命の乗り物をあの世に返す宮古の風習だ。この島を軍事要塞最適地としか考えていない連中から子どもを守るには自分が「風かたか」になるしかない−−この思いが彼女を支えている。

 もう一人の共同代表、楚南(そなん)有香子さん(36)は宮古生まれの宮古育ち。「戦禍の中で苦しんだ先祖がいるわけだから。私たちは小さい頃からその話を聞いて心の底に平和を求める血が流れている」と話す。沖縄戦では軍隊の置かれた島が攻撃された。「自衛隊が来たら中国から守ってくれる」なんて、あの悲劇を忘れたのかと言いたい。

子や孫たちのために

 「南西諸島防衛とか言うけれど、本土防衛の捨て石にするというもくろみは見え見えです」。石垣島の自衛隊配備予定地に立った山里節子さん(78)はこう語る。島の民謡トゥバラーマの名手だ。戦争当時、節子さんは7歳。マラリアで母と祖父を亡くした。

 3647人が死亡した石垣島のマラリア地獄。これは偶然の事故ではない。日本軍はマラリアが蔓延する山奥に住民をあえて疎開させた。しかも大量に持っていた特効薬を与えなかった。これは事実上の強制集団死である。捕虜になった住民から敵に軍の情報が漏れることを恐れ、死に追いやったのだ。

 軍隊は住民を守らない。基地があるから攻撃される。沖縄戦体験者はこのことを知り抜いている。辺野古新基地反対運動の最前線に立つ島袋文子さん(87)は言う。「私はぶれない。私がぶれたら死んだ人に申し訳ないでしょ」

 子や孫に戦争の島を引き継がせてはならない。それが日米両政府の軍事要塞化策動にあらがう沖縄の人びとに共通する思いだ。文子さんら高齢者を「シルバー部隊」と揶揄(やゆ)するネトウヨ的言説のなんと浅薄なことか。命を脅かす者との闘いは人間として当たり前の行為ではないか。

差別が兵隊をつくる

 高江の反対現場で若い女性と機動隊員が対峙する場面がある。機動隊員もまだ若い。「無表情」の仮面をまとって「反対派」の追及をやり過ごしてきたが、悲しげな表情で訴えかける同世代の視線に耐え切れず、とうとう目をそらしてしまう…。

 苦しかったのだろう。弾圧部隊として訓練を積んできているとはいえ、目の前にいる人びとはゲリラでもテロリストでもない。どう見ても普通の人びとである。彼らを暴力的に排除することが警察の職務なのか。そうした疑問の一つも湧くだろう。心が折れてもおかしくない。

 だから国家権力は差別感情を焚き付け利用する。「あいつらは国策に逆らう土人だ。何をしても構わない」と。悪魔のささやきに実行部隊は容易に乗っかってしまう。そのほうが楽だから。差別主義者になることで非人間的な任務をこなしていく。これはもう軍隊と同じだ。心をなくした殺人マシンが戦場に投入される。そんな状況がすぐそこまで来ているのである。

 「今回もっとも強く意識したのは『戦死者を出さないための映画』ということです」と三上監督は言う。今こそ私たち一人ひとりが「風かたか」になり、戦争を防がねばならない。「標的の島」は日本全体なのである。 (O)
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