2017年06月02日 1479号

【どくしょ室/フクシマ6年後 消されゆく被害 歪められたチェルノブイリ・データ/日野行介 尾松亮著 人文書院 本体1800円+税/放射線被害否定のウソを暴く】

 福島原発事故の被災者に対し「自主避難は自己責任」と言い放ち、住宅支援の打ち切りを正当化した今村雅弘復興相。度重なる暴言で事実上の更迭に追い込まれたが、一連の発言は今村個人の資質だけによるものではない。避難指示区域外からの避難者を「勝手に逃げた変わり者」とみなし、原発事故の幕引きを邪魔する存在として切り捨てる。そのような安倍政権の姿勢が凝縮された発言とみるべきではないか。

 本書は、福島原発事故を追い続けてきた新聞記者と研究者がタッグを組み、放射能汚染による健康被害を否定する政府のウソを暴いた一冊である。ご存じのように、福島県では小児甲状腺がん患者が多数見つかっている。だが、政府は旧ソ連(現ウクライナ)のチェルノブイリ原発事故の知見を都合よく歪め、原発事故との因果関係を否定する根拠に使ってきた。

 たとえば「甲状腺がん5年増加説」である。「チェルノブイリですら甲状腺がんが増え出したのは事故から5年後。福島県内で事故5年目までに見つかった甲状腺がんは原発事故の影響とは考えにくい」というように使われてきた。

 ところが、著者(尾松)があらためて現地の研究資料を確認すると、御用学者の説明とは異なる見解が記されていた。2011年刊行のロシア政府報告書に記載されたデータは、事故2年目から甲状腺がんが増えていることを示している。本当は「2年目から増加し、4〜5年後に大幅に増加」と評価すべきなのだ。

 原発事故被災者に避難と補償の権利を認めた「子ども・被災者生活支援法」の骨抜きにも「現地の声」が使われた。この法律のモデルとなった「チェルノブイリ法」に対し、「現地の評判は最悪」とのキャンペーンがなされたのだ。

 「チェルノブイリ法はソ連末期のどさくさに紛れて作られた悪法」「国の責任で被災者を保護するような法律を作ってはいけない」と力説するウクライナ政府の「専門家」がいる。彼は原子力推進機関の一員としての活動歴を隠し、日本からの「調査団」に対応していた。また、経済産業省の職員が中心となりまとめた「チェルノブイリ現地報告書」は、確信犯的な誤訳や文脈無視に満ちていた。

 このように、日本政府は膨大な予算をかけて「日本版チェルノブイリ法」つぶしの情報戦を展開した。ロシア語やウクライナ語に精通していない「調査団」や「ジャーナリスト」にニセ情報を吹き込むことぐらい簡単なことであった。

 密室で政策を決め、情報操作によって真実を隠し、結論だけを押しつける−。福島原発事故をめぐる政府の対応を、著者(日野)は「民主主義の危機」と表現する。放射能被害を「なかったこと」にして原発再稼働を進める暴挙を許してはならない。    (O)
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