2017年09月08日 1492号

【NHKスペシャル 731部隊の真実 エリート医学者と人体実験 戦慄の記録 インパール/いま戦争犯罪を問う意味】

 8月は第二次世界大戦関連のドキュメンタリー番組が集中して放送される季節だが、今年のNHKスペシャルは力作ぞろいだった。本稿では特に反響が大きかった『731部隊の真実 エリート医学者と人体実験』と『戦慄の記録 インパール』を取り上げたい。2作品とも、旧日本軍の蛮行を今日の情勢と結んで描きだしている。

人体実験の音声証言

 関東軍防疫給水本部いわゆる731部隊は、戦時中、細菌兵器の研究・開発にあたった陸軍の秘密部隊である。敗戦間際に徹底した証拠隠滅が行われたため、その実像を知る手がかりは限られていた。

 今回NHKは、731部隊の全貌を把握する上で重要な資料を入手した。1949年に旧ソ連が行ったハバロフスク軍事裁判の音声記録である。約22時間に及ぶ音声テープには、細菌兵器開発のための人体実験で多くの人間を殺害していたという部隊幹部らの証言が記録されていた。

 細菌兵器の使用は当時すでに禁止されていたが、731部隊を率いる石井四郎は「防衛目的の研究はできる」として開発を進めた。満州に施設を置いたのは「内地ではできないこと」を行うため。ここでなら、スパイや思想犯として捕えた者を実験台に使えると考えたのだ。

 関係者が裁判で証言した人体実験には以下のようなものがある。チフス菌を注射した果物を無理やり食べさせる、ペスト蚤(のみ)を散布した部屋に入れる、凍傷研究と称して零下20度にもなる屋外に放置する等々。中国人、朝鮮人、ロシア人らが犠牲になり、女性や子どももいた。

 残虐行為を語る音声を放送した番組は大きな反響を呼んだ。ネット右翼は「反日デマ番組だ」と猛反発。これは想定内としても「敵国人を人体実験して何が悪い」との書き込みには心底慄然とした。番組が指摘するように、70数年前もこうしたヘイト思想がまん延し、鬼畜の所業を正当化したのである。

よみがえる軍事研究

 731部隊には全国の大学からエリート医学者が集められていた。内訳をみると、石井の出身校である京都帝国大学(11名)が最も多く、東京帝国大学(6名)が続く。

 取材班は今回、731部隊と大学側の金銭のやり取りを示す証拠を発掘した。京大文書館に残っていた記録によると、細菌研究の報酬として現在の金額で約500万円がある助教授個人に支払われていた。この研究者は後に同部隊におけるチフス菌兵器開発の責任者となる。

 豊富に与えられた国家予算を餌に、大学や研究者を取り込んでいった731部隊。医学者の側も「国を守るため」「医学の発達のため」を大義名分に、大量殺戮兵器の開発に手を染めていった。

 731関係者は戦後、逃げ遅れソ連軍の捕虜となった者を除き、罪に問われなかった。実験データを米国に提供することで戦犯訴追を免れたのだ。医学者たちは何の責任もとることなく、医学界の重鎮にのし上がっていく…。

 そして今、日本の科学界は重大な岐路に立たされている。安倍政権の下で軍事研究の解禁が進んでいるからだ。防衛省は大学や研究機関への資金提供制度を2015年度から開始した。最先端の科学技術を「防衛装備品」に活用することが目的で、初年度3億円だった予算は17年度には110億円に急増した。

 番組の最後に、日本学術会議における議論の場面が出てくる。「軍事研究イコール兵器研究ではない」と主張する推進派。「国防目的の研究は許される」とした石井の言葉がよみがえる。「科学者は戦争に動員されたのではない。むしろ戦争を残酷化していった歴史がある」という研究者の訴えが重く響く。

人の命を消耗品に

 戦争は国家公認の人殺しであり、軍隊にとって人間の命は消耗品でしかない−−この真実を突きつけたのが8月15日放映の『戦慄の記録 インパール』である。番組は現地取材と新発見の一次資料によって、無謀な作戦の全貌を明らかにしている。

 約3万人の日本兵が命を落としたインパール作戦(1944年3月〜7月)。飢えと病で多くの兵隊が行き倒れた敗走路は「白骨街道」とも呼ばれた。補給を無視したデタラメ作戦を指揮したのは牟田口廉也(むたぐちれんや)中将。今回の取材で、司令部内のやりとりを知る者の手記が見つかった。書いたのは齋藤博圀(ひろくに)さん。陸軍経理学校を卒業したばかりの若者だった(当時23歳)。

 こんな記述がある。「牟田口司令官から作戦参謀に『どのくらいの損害が出るか』と質問があり『ハイ5千人殺せばとれると思います』と返事。最初は敵を5千人殺すのかと思った。それは味方の師団で5千人の損害が出るということだった。まるで虫けらでも殺すみたいに隷下(れいか)部隊の損害を表現する」

 その後、齋藤さんは前線でマラリアに罹(かか)り、部隊から置き去りにされた。「死ねば往来する兵がすぐ裸にして一切の装具を褌(ふんどし)まで剥(は)いで持っていってしまう。修羅場である。生きんがためには皇軍同士もない。死体さえも食えば腹がはるんだと兵が言う」

 地獄の戦場を生き延びた齋藤さんは現在96歳。自分が書いた戦慄の記録と再会し、声を詰まらせる。「日本の軍人がこれだけ死ねば(陣地が)とれる、と。悔しいけれど兵隊に対する(軍上層部の)考えはそんなもんです。知っちゃったらつらいです」

 牟田口は誇張した「戦果」を新聞記者に吹きまくっていた。「とにかく『日本はやった』と景気よくやらないかん、と。ウソでもええ、と」(取材対応を取り仕切っていた元少尉の証言)。こうしてインパール作戦の惨状は覆い隠された。国製ウソ宣伝をメディアがタレ流し、都合の悪い事実を隠ぺいする。現在の安倍政権とメディアの関係をみる思いがする。

 為政者が戦争責任をとらない国は同じ過ちをくり返す。私たちが歴史から学ばなければ奴らの思うつぼなのだ。丹念な取材で貴重な教訓を提示してくれた番組スタッフに敬意を表したい。   (M)



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