2017年09月08日 1492号

【どくしょ室/東芝 原子力敗戦/大西康之著 文藝春秋 本体1600円+税/暴走を後押しした安倍側近】

 東芝が経営危機に瀕している。日本を代表する企業だった東芝が、なぜ解体寸前にまで追い詰められたのか。最大の原因は、原子力事業の巨額損失である。本書は東芝社内の極秘資料を元に、「国策」と心中した「原子力敗戦」の一部始終を描き出している。

 2006年、東芝は巨額の費用を投じて米国の原発メーカー、ウェスティングハウス社(WH)を買収した。同社の経営状態はすでに芳しくなく、ライバル企業は「あんなボロ会社によく6600億円も出したものだ」と冷笑した。

 だが、当時の東芝社長は強気だった。「2015年までに世界で33基の原子炉受注を計画している」と豪語した。実現すれば売り上げは6兆円を超えるビジネスになる。そのためと思えば6千億円は安い投資のはずだった。

 東芝が原発ビジネスに入れ込んだ背景には、経済産業省が描く「原子力立国計画」がある。原子炉と一緒に運転ノウハウも提供する「原発パッケージ型輸出」を日本経済の成長エンジンにするとの構想だ。

 計画を書いたのは、当時資源エネルギー庁原子力政策課長だった柳瀬唯夫。後に加計学園疑惑で「記憶にございません」を連発することになる経産官僚である。推進役は資源エネルギー庁次長だった今井尚哉(現首相補佐官)。元経団連会長を叔父に持つ「官財界のサラブレッド」だ。安倍晋三首相の懐刀と言われるこの人物が東芝の暴走を後押ししていった。

 2011年に福島第一原発事故が発生し、世界の原発投資が減少に転じることは誰の目にも明らかだった。それでも東芝はアクセルを踏み続けた。原発輸出をアベノミクスの成長戦略に掲げる今井と連携し、その思惑どおりに動いた。

 今井にとって東芝は「阿吽(あうん)の呼吸で無理を聞いてくれる便利な会社」だった。一方の東芝は今井という後ろ盾を得て「実力をはるかに超えたギャンブル」を続けた。「原発パッケージ型輸出」を進めるために、ウラン鉱山の開発などの資源ビジネスにも乗り出した。

 本業とかけ離れた事業に突っ込むことを懸念する声が社内で上がっても、東芝経営陣は「国策だから」と押し切った。「大丈夫だ。国は絶対に原発推進を諦めない。国についていけば東芝の原子力事業も安泰だ」と思い込もうとした。

 だが、WHを核とする原発事業は1兆円を超える赤字をタレ流し、東芝の財務をボロボロに蝕んでいった。この事実を隠すため全社を挙げて励んだのが粉飾決算であった…。

 原発輸出という「国策」が19万人の雇用を抱える巨大企業を破綻の危機に陥れた。だが、その張本人である今井は官邸の中枢に居座り、今も日本経済の舵を握っている。そうした安倍政権の無責任体質を著者は厳しく批判している。(O)
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