2017年09月15日 1493号

【未来への責任(232)/露呈した小池都知事の排外主義】

 1923年9月1日、関東地方をマグニチュード7・9の巨大地震が襲った。この地震による死者・行方不明者は約10万5千人、建物の全半壊・焼失は約37万棟と未曾有の被害となった。関東大震災である。

 忘れてならないことは、この関東大震災の中で、6千人を超える朝鮮人が虐殺された事実だ。震災の混乱のさ中、朝鮮人が「井戸に毒を投げ入れた」「暴動を起こした」等の流言蜚語(りゅうげんひご)が飛び交った。退役軍人を中心に住民は自警団をつくり、武器を持って検問し、朝鮮人と見たら殺した。軍隊・警察もデマを打ち消すどころか組織的に広め、朝鮮人を銃殺、刺殺、撲殺した。

 なぜ朝鮮人は殺されたか。

 背景に、1919年3月1日、朝鮮全土に起こった独立運動があった。この独立運動に日本の権力は恐怖した。そして、大震災の混乱の中、流言蜚語を広めて日本人に朝鮮人への恐怖心と排外意識を喚起した。これが朝鮮人虐殺を引き起こしたのである。明らかなジェノサイドであった。

 このような犯罪は二度と繰り返してはならない。そのためにこの事実は記憶され、世代を超えて継承されねばならなかった。関東一円、朝鮮人を虐殺した現場では、朝鮮人犠牲者を追悼する碑などが建立され、毎年追悼式が続けられている。東京では墨田区の横網町公園内に1973年、関東大震災50周年を記念して「朝鮮人犠牲者追悼碑」が建立された。日朝協会会長、作家、宗教者、日弁連会長らと東京都議会全会派代表が中心となって実行委員会をつくり、募金などを行い建立したのである。

 建立された碑は東京都に寄付された。以来、毎年9月1日には碑の前で追悼式典が開催されてきた。式典に歴代の東京都知事は追悼文を送ってきた。「関東大震災の混乱のなかで、あやまった策動と流言飛語のため六千余名にのぼる朝鮮人が尊い命を奪われました」と記された碑の前で実施される追悼式に、「三国人」発言をした石原慎太郎都知事(当時)すらも追悼文を送っていた。それほど関東大震災時の朝鮮人虐殺の事実は重かった。

 ところが今年、小池百合子都知事は9月1日の追悼式典に追悼の辞を送ることを拒んだ。きっかけは今年3月2日、東京都議会での自民党都議・古賀俊昭の質問。古賀は、追悼碑のことを取り上げ「六千余名の根拠が薄弱」「(碑文は)事実に反する政治的主張」等と言い募り、碑の撤去、追悼文送付を止めるよう求めた。これに小池は「適切に対処する」と答弁した。そして、小池は追悼文送付をやめた。古賀はヘイト団体「日本女性の会そよ風」と結託している。小池は2010年、「そよ風」主催の集会で講演をしている。彼らは植民地主義、排外主義でつながっているのだ。

 9月1日、追悼式典は例年の通り開催され、朝鮮人犠牲者を追悼した。小池の暴挙を批判する市民、メディアが多数参加した。朝鮮人虐殺の記憶の抹殺は許さない、追悼碑は守りぬく―参列した市民は決意を新たにしていた。

(強制連行・企業責任追及裁判全国ネットワーク事務局長 矢野秀喜)

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