2017年09月15日 1493号

【TVの世界 放送業界の闇】

 都内の閑静な住宅街。40代の男が民家のチャイムを押した。「何でしょう?」玄関先に出てきた主婦に彼は一礼して名刺を渡した。「私は日本テレビプロデューサーのAと申します。お願いがあって参りました」「お入りください」Aは応接間に通されると、胸ポケットから封筒を取り出して渡そうとした。

 「どういうことですか?」驚き困惑している主婦に彼は言った。「お願いです!私が担当している番組を毎週視てください。御礼は差し上げます」封筒の中には、番組名を書いたメモと現金が入っていた。「こんなものはいただけません。帰ってください!」

 ―以上、再現ドラマ風に事件を分かり易く記述した。2003年10月の出来事である。

 視聴率の調査は、関東地区、関西地区でそれぞれ600のサンプル世帯がある。視聴率調査会社の依頼を受けたモニター協力家庭があり、視聴率を記録する機器が設置されている。Aプロデューサーは私立探偵(興信所)を使って視聴率調査会社の営業車両を尾行し、モニター家庭を割り出して23世帯に接触。水増しした番組制作費を流用して金を渡していたとされている。

 「とんでもないことをしてくれた!」何とも浅ましい愚かな行いに私は愕然として、言葉を失った。この事件は大きく報じられ、日本テレビは社内調査を行い、Aプロデューサーを懲戒解雇した。記者会見で首脳陣が陳謝。私はやりきれない思いを抱きながら古巣へ取材に出かけた。

 Aプロデューサーは、制作局でバラエティ番組などを担当していた。視聴率調査に不正な工作をすることは倫理的に到底許されることではなく、選挙の買収同様に恥ずべき行為である。しかし、個人に責任を押しつけず、事件の背景を探らなくてはならない。

 一つは、民放の視聴率至上主義が生んだ不祥事ということだ。スポンサーの獲得=営業収益に直結するため民放各局の視聴率競争は凄まじい。事件当時日本テレビは視聴率首位の座をフジテレビに奪われていたので、何が何でも首位奪還をめざして、視聴率がすべての価値に優先していた。

 もう一つは、成果主義賃金制度がもたらした悲劇だ。番組は下請けの制作会社に安く作らせ、正社員のプロデューサーは高視聴率をめざしてお金の管理をしているのが現代の放送業界である。成果主義は、異常な競争意識を生み、視聴率の数字が一人歩きして製作担当者に強迫観念を植え付ける。目標達成ができなければ激しく罵られる。

 放送業界の闇は底なしに深い。

(フリージャーナリスト)
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