2017年09月15日 1493号

【安倍政権の「空襲」演出/「ミサイルの恐怖」で迫る思考停止/政権浮揚と大軍拡に利用】

 「国民を戦争に駆り立てるのは簡単なことだ。外国から攻撃されつつあると言い、平和主義者を『国家を危険にさらす連中』と非難するだけでいい」。ナチス政権ナンバー2、ヘルマン・ゲーリングの言葉である。この「ナチスの手口」を安倍政権は忠実に実行している。「北朝鮮のミサイル発射」を利用した危機煽動がまさにそうだ。

明らかに騒ぎすぎ

 「ミサイル発射。ミサイル発射。北朝鮮からミサイルが発射された模様です」。8月29日早朝、Jアラート(全国瞬時警報システム)の警戒音が鳴り響いた。テレビ番組も「国民保護に関する情報」と書かれた黒字の画面に切り替わり、避難を呼びかけるアナウンスがくり返された。突然の事態に驚き、不安や恐怖を感じた方は多いだろう。

 しかし、冷静に考えればわかることだが、日本政府もメディアも騒ぎすぎだ。安倍晋三首相は記者団への第一声で「わが国に北朝鮮が弾道ミサイルを発射」と語ったが、高度500qの宇宙空間を通過していったミサイルを「わが国に発射」と表現するのは本来無理がある。

 「北海道・襟裳岬の東方約1180`の太平洋上に落下した」という政府発表もおかしい。これだけ離れたら襟裳岬は関係ない。「日本の国土が狙われ、危なかった」という印象を人びとに与えようとしているとしか思えない。

 そもそも日本政府はミサイル発射の兆候を事前に察知していた節がある(安倍首相が珍しく公邸に宿泊した)。警戒を呼び掛けるならもっと早い段階でできたはずだ。しかも、小野寺五典防衛相は「自衛隊の各種レーダーで発射を確認していたが、わが国に向けて飛来するおそれがないと判断した」と述べている。Jアラートをわざわざ使う事態ではなかったのだ。

 ではなぜ、政府は「空襲警報発令」を実演してみせたのか。「これまでにない深刻かつ重大な脅威」(安倍首相)という表現で「ミサイルの恐怖」を煽り立てているのか。言うまでもない、政権浮揚のためである。今や「北朝鮮の脅威」だけが安倍政権の延命装置なのだ。

軍拡・改憲のテコに

 Jアラートを実際に動かして脅かせば、国民やメディアの関心を「北朝鮮問題」に集中させることができる(実際そうなった)。支持率低下の元凶である森友疑惑や加計疑惑を忘れさせる、あるいは「大した問題ではない」と思わせる−−安倍官邸の思惑はそんなところだろう。

 より重要なのは、大軍拡の正当化に使えるということだ。防衛省関係者は「国民の不安感は、政府が取り組むミサイル防衛強化を後押しするだろう」(8/30朝日)と露骨に語る。日米の軍需産業は“北朝鮮は打ち出の小槌(こづち)だ”とほくそえんでいるに違いない。

 改憲論議を再燃させることも可能だ。「専守防衛ではミサイル攻撃に対処できない」と叫べばいいのである。事実、メディアは敵基地攻撃能力の保有を検討すべきだと言い出した(8/30読売社説など)。産経新聞に至っては、発射基地を叩く以上の力、すなわち「日本攻撃を命じる政治・軍の中枢などを目標とする敵地攻撃力」に進化させよ、といきまいている(8/30主張)。

 「産経」は国連安保理に対し、「『石油禁輸』をためらうな」(8/31主張)とけしかける。石油禁輸措置が日本を対米開戦に踏み切らせたとして「自衛の戦争」論を展開しているのはどこのどいつだ。同じ理屈で朝鮮が暴発する可能性を考えないのか。

 御用メディアの判断基準は「安倍政権に損か得か」でしかない。戦争が起きれば多くの民衆が犠牲になることをあまりに軽く考えている。

不合理への屈服

 Jアラートや迎撃システムにいくら金をかけようが、市民の安全を守ることはできない。敵基地攻撃は全面戦争による破局につながる。必要なのは「ミサイル攻撃にどう対処するか」ではなく、朝鮮に「撃たせず、開発をやめさせる」ことである。安倍首相は「今は対話の時ではない」と言うが、対話を模索する以外に平和的解決の道はない。

 それなのに、おかしいことをおかしいと言えない風潮が政府によって作り出されている。「非常時」の演出だ。今回のJアラート発動がそうだし、各地で行われている政府主導の「ミサイル避難訓練」もそうである。

 「頭隠してしゃがめ」式の訓練にミサイル対策としての意味はない。それには別の意味があると政治学者の白井聡は指摘する。「不合理に屈する国民を生産するという社会的効果がある」(8/26神奈川新聞)と。戦時中、防空訓練を批判する者、参加しない者は「非国民」と呼ばれ、攻撃と排除の対象にされた。それと同じことだ。

 不安と恐怖を煽ることによって人びとから冷静な判断力を奪う。同調圧力を利用して、政府や体制に批判的な言動を封じ込め、「お上」が命じたことに黙って従う群れを作り出す…。覚えておこう。戦争をやらかす連中の手口は今も昔も同じなのだ。  (M)



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