2018年01月05・12日 1509号

【未来への責任(240)産業革命遺産と強制労働(下)】

 ユネスコ世界遺産登録直後の7月14日付外務省ホームページで日本政府が発表した公式見解は、「強制労働」は朝鮮半島に適用された徴用令に基づくもの、戦争という「異常な状況下」のやむを得ないもの、これまでの日本政府の立場に変更はなく徴用令が適法である以上違法な「強制労働」はなかった、というものである。過去から現在に至るまで積み上げられてきた「強制連行・強制労働」の歴史研究や強制連行被害者の証言などを完全否定し「国際公約」に違反するものであった。

 そして12月1日にユネスコに提出された報告書には、2019年度に東京に「労働者の歴史」も盛り込んだ情報発信のための「シンクタンク」の役割を果たす「産業遺産情報センター」を設置する予定であり、内容は現在検討中であるが、「朝鮮人の徴用政策を含む戦前、戦中、戦後の朝鮮人の調査」や「これまで顧みられなかった重要な歴史的文書の調査」を踏まえたものとするなどと記載されている。

 実際に強制連行・強制労働が行われた世界遺産が立地する九州から遠く離れた東京に「情報センター」を設置すること自体が強制労働の「負の歴史」を覆い隠そうとしているとしか思えない。

 また、九州大学の三輪宗弘氏や韓国の落星台(ナクソンデ)経済研究所の李宇衍(イウヨン)氏らは戦時中の朝鮮人労働者の処遇について「炭鉱現場などで制度上、日本人と半島出身者の間に差別はなかった」=強制労働はなかったとの主張を展開しているが、日本政府が「情報センター」に盛り込みたい「これまで顧みられなかった重要な歴史的文書」とはおそらくこのような文書であると推測されるのである。

 すでに産業遺産国民会議は、そのホームページ上で「軍艦島の真実―朝鮮人徴用工の検証」と題する3本の映像「誰が世界に誤解を広めたのか」「誰が軍艦島の犠牲者なのか」「誰が歴史を捏造しているのか」を公開し、「軍艦島は『地獄島』ではありません」という元島民の証言を広めている。この中で元島民らは、当時朝鮮人への差別は全くなく、ともに仲よく暮らし、戦後も「海岸に行って手を振ってさよならって言ってみんなを朝鮮に帰した」「お別れというのはものすごく悲しかとさ」など朝鮮人の帰国を温かく見送ったと証言している。

 ここには「戦後」をクローズアップさせることによって、何としても「戦中」の強制連行の歴史的事実を誤魔化そうとする意図が見え隠れする。元島民らが見送ったのが、強制連行以前から働いていた朝鮮人家族であるのか、強制連行されてきた朝鮮人なのか、それも曖昧な断片的な証言をあたかもそれだけが真実であるかのごとく思い込ませるのは、まさに安倍首相が得意とする「印象操作」ではないだろうか。また、産業遺産国民会議は近く、日本に居住する在日朝鮮人を含む元島民ら約60人から聴取した計約200時間の映像記録の一部を公表するとも言われている。おそらくこのような都合よく切り取った「記録」ではないかと思われる。

 来年は明治維新から150年、2019年は天皇の代替わり、2020年は東京オリンピック開催の年である。新たな「国民統合」の嵐の前の前哨戦とも言える「明治産業革命遺産」をめぐる「歴史戦」に「真実の歴史」を対置して粘り強く闘っていかなければならない。

(日本製鉄元徴用工裁判を支援する会 中田光信)

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