2018年01月26日 1511号

【どくしょ室/海を渡る「慰安婦」問題 右派の「歴史戦」を問う/山口智美 能川元一 テッサ・モーリス−スズキ 小山エミ著 岩波書店 本体1700円+税/官民一体の歴史歪曲策動】

 日本軍「慰安婦」問題に関する日韓両政府の合意には「非公開部分」があった。日本政府は「第3国での追悼碑設置などを支援しないことを約束する」よう迫り、大筋で韓国側の了承を得ていたのだ。安倍政権が「慰安婦」問題の国際的広がりを嫌がり、何としても食い止めようとしていることがわかる。

 こうした政府の動きに呼応し、日本の右派勢力は「慰安婦」像の設置妨害などの歴史歪曲策動を世界各地で展開している。本書は海を渡った「歴史戦」の実態を明らかにしたものだ。

 「歴史戦」という言葉を広めたのは産経新聞である。彼らに言わせると、「慰安婦問題は単なる歴史認識をめぐる見解の違いではなく、『戦い』なのだ」ということになる。日米同盟の亀裂を狙う勢力が歴史問題で日本を叩いている。したがって「主敵は中国、戦場はアメリカである」(櫻井よしこ)というわけだ。

 では、米国における「歴史戦」の現状とその反響はどうなのか。本書は現地レポートで紹介している(小山エミ執筆の第2章)。中心にいるのは、80年代後半から90年代初頭に渡米した「新一世」とよばれる人たちだ。グレンデール市に設置された「慰安婦」碑の撤去を求める裁判を起こした目良浩一などである。

 彼らは産経新聞や日本の排外主義者団体と連携しながら活動しているが、アメリカ現地の人びとには基本的に相手にされていない。それどころか、「慰安婦」被害者を侮辱する言動がひんしゅくを買い、歴史的事実を伝えるメモリアルの必要性を証明する結果に終わっている(サンフランシスコ市における「慰安婦」像設置の事例など)。

 ただし、日本政府の暗躍を軽視してはならない。サンフランシスコ市では日系人団体の一部が「慰安婦」像設置に反対の立場に回った。その背後には、日系人有力者に対する日本総領事館の働きかけがあった。日系人が運営する様々な団体に対して「反対しなければ日本企業からの寄付を引き上げさせる」との圧力もあったという。

 日本政府は米国で使用されている世界史教科書にもいちゃもんを付け、「慰安婦」関連記述の削除や書き換えを出版社等に迫った。米国の歴史学者たちが不当介入に抗議する声明を出すと、日本発と思われる嫌がらせや脅迫が彼らに殺到した。まさに官民連携による「歴史戦」である。

 右派の主張を英語で発信する動きも強まっている。連中は日本国内での論争は完勝したと認識している。そこで米国や国連の場でも「圧倒的な物量作戦」を展開し、宣伝戦に勝とうと画策しているのだ。

 著者が指摘するように、今の日本社会は「歴史修正主義に呑み込まれてしまう危機」に瀕している。「歴史戦」はホンモノの戦争への助走なのだ。  (O)
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