2018年02月02日 1512号

【ルポ/「被告」にされた山形の避難者(上) 貧困に追い込む住宅打ち切り 「みな無償にすればいい」】

 山形県米沢市は福島市から北西へ約40`、人口約8万4千人。米沢盆地は新潟と並ぶ豪雪地帯である。

 高速道路ができて福島県内も通勤・通学圏内に入った。福島との県境を2000b級の奥羽山脈が走り、壁となって放射能空間線量は低い。そのため、福島中通りからも多くの原発被害者が避難した。山形県内約2200人の避難者のうち福島県からは約2000人。その中の雇用促進住宅に住む区域外避難者8世帯が、国の外郭団体である独立行政法人「高齢・障害・求職者雇用支援機構」に立ち退き訴訟を起こされた。3月20日には第3回期日を迎える。

 原告(独立行政法人)は訴状で、多くの避難者が有償の借家契約を結んで住んでおり、契約しないのは公平・公正性を欠く、と被告(避難者)を批判する。また、契約書を交わすよう再三促したが返事がなかった、と手続きに瑕疵(かし)のなかったことを弁明する。

「払えるものなら払う」

 降りしきる雪の中、1月12日米沢市内で、被告にされた渡辺さん(仮名)と佐藤さん(同)に話を聞いた。「夫婦2人の収入は月20万円台。家族みんなを養っていくのは辛い」(渡辺さん)「今は払える経済状態にない」(佐藤さん)

 渡辺さんの避難元は中通り。自営業の収入は減ったが、転職するわけにいかず二重生活を送る。交通費支給はなく、福島に行ったり来たりのガソリン代が月3〜4万円。家賃相当の負担になる。車検や自動車税、(スタッドレス)タイヤの2年交換の費用に加え、部活する子どもの弁当など育ち盛りの食事代も大変。「子どものために積み立てていた学費を今取り崩して生活費に回している。今後家賃を払うとなれば、学費が出せなくなってしまう」

 佐藤さんも中通りから避難した。当初は二重生活を送っていたが、精神的にもストレスがたまり、夫も米沢に引っ越した。毎日、車で福島に通う。佐藤さんの仕事はフルタイムからパートに変わり、収入は激減した。「最近、体調を壊して入院。子どもの進学のために貯めていた貯金を半分以上使ってしまった。ごめんなさいって気持ち。食費だけならなんとかなるが、こちらでは必需となる車の維持費や学校の旅行積立用、衣服代などがあり、家賃までは」

 区域外避難者への唯一の支援ともいえる住宅無償提供の打ち切りで、一気に貧困家庭へと追い込まれるケースは少なくない。

 行政はこうした避難者に真剣に手立てをしてきたと言えるか。渡辺さんは「打ち切りの前に言われたのは、お金払うか出ていくかの二者択一だった。みなさん、どうするどうするって悩んでたが、私たちの声は聞かれないまま。相談員に家計の大変さを訴えると、『そうだよね』とは言うが、解決はなかった」。訪問調査では3人がやってきて、1人は後方で録音している。「みんなと平等にするために、出て行ってくれと言っているんだ」と言われた、避難者同士を対立させるように。「平等というなら、みんな無償にすればいいではないか」。渡辺さんはそう思った。

 そのうち、避難者を支援していたセンターからも「どうするんだ。契約しないのは他に誰か。もう相談は受け付けない」と強い口調で言われた。「なんでこの人に報告しなければならないのか、それじゃ県と同じ対応じゃないかと不信が募っていった」と振り返る。

区域外避難者の絆

 同じ住宅には14世帯の区域外避難者がいた。同じ境遇になった人たちとは、子育てを手伝ったり悩みを話し合ったり、絆は深まった。2人が信頼をおくのは、「被告」のひとり、8世帯の世話役を務める武田徹さん(76)。元高校教師だ。「子どもの奨学金を借りる際や就職の際に必要な連帯保証人が山形にはなかなかいない。そんな中で武田さんは『なっていいよ』と。勉強の支援とか、親身になってくれた」

 福島県の民間家賃補助を頼りに契約した人も、家賃月4万円は補助されず立て替えとなった。あとで半額の2万円(上限は3万円)は戻るが、やりくりはギリギリ。武田さんは雇用促進住宅から出た世帯や有償契約した世帯の問題も福島県との交渉で取り上げている。

 「これまで団地の中で私は、今後どうしようとか情報交換とか、自分の考えを隠さず率直に話してきた。何人もから相談された。周囲から、支払っているものとそうでないものとの『対立』みたいなことを言われても、それぞれの立場や条件の違いがあるといった事実にすぎないと思っている」(渡辺さん)   (続く)



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