2018年02月02日 1512号

【どくしょ室/治安維持法と共謀罪/内田博文著 岩波新書 本体840円+税/戦争国家への回帰の企て】

 本書は、戦前日本の国家主義体制下で人びとの人権を蹂躙し最悪の治安立法とされた治安維持法を検証し、現代の共謀罪成立に込められた権力側のねらいを暴いたものである。

 昨年、成立が強行された共謀罪は、それまでの刑法の原則を根底から覆すものとして批判されている。その原則とは罪刑法定主義と呼ばれる。具体的犯罪行為が処罰の対象とされ、その内容は法律であらかじめ明示されていなければならないのだ。これは、市民革命以降、市民の人権を守るための法原理として確立したものである。

 日本では、明治政府が近代国家にふさわしい法整備が必要とされる中で、大日本帝国憲法の制定と併せて刑法が整備された。国民の人権は、きわめて不十分ではあったが、少なくとも法律によって一定程度保障された。そこには、ヨーロッパで確立されてきた市民刑法の要素があった。

 ところが、国家権力は国民を支配する治安立法として刑法を改悪していく。最たるものが、民衆運動が高揚した大正デモクラシー時の治安維持法制定である。

 治安維持法は社会主義組織を取り締まる法律として提案される。法案審議の過程では、国家権力の乱用、人権侵害、帝国憲法違反の反対意見が続出した。政府は「善良な民や普通の学者に害を与えない」と強弁しこれを成立させた。本書はこの時期をホップ期(最初の一歩)と規定している。

 続いて、昭和恐慌のもと治安が不穏であるとして、天皇制を否定するような団体を結成することは内乱罪に当たるとして最高刑を死刑にする改悪が行われた。このときも国会では「刑罰は更生を目的とすべき。死刑は更生の放棄」など批判意見が続出し、審議未了となった。政府は天皇勅令として改悪を強行した。ステップ期である。日本共産党などは完全に活動停止に追い込まれる。

 太平洋戦争突入直前に、戦時立法の性格を帯び、検挙対象を自由主義者や新興宗教団体など広範な国民を、不穏な思想として取り締まり対象とする改悪が行われる。この時点では、議会でも反対意見は影を潜めた。この時期がジャンプ期で思想警察・検事(特高)の権限がきわめて強力となった。

 戦後、治安維持法は廃止された。しかし、思想警察・検事や治安刑法推進の学者・官僚は戦後も刑法界に生き残る。少年法の保護観察制度、精神障害者の措置入院制度など犯罪防止を名目に市民を国家の監視下におく制度を次々と復活させてきた。そして、「テロ対策」を口実についに制定されたのが共謀罪である。

 本書は、治安立法としての共謀罪の本質を明らかにし、戦前回帰の危険性に警鐘を鳴らす。同時に、戦前の反省に基づいて憲法が私たちに保障した武器を活用し声を上げることを呼びかけている。    (N)
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