2018年03月02日 1516号

【被害者に寄り添うふりの「反・反原発」/“しあわせになるための「福島差別」論”批判』/安全神話を“下から”再構築】

 1月に出版された『しあわせになるための「福島差別」論』(かもがわ出版/2300円+税)に厳しい批判が集まっている。一方、「風評被害」対策に頭を悩ませるとする福島県内の一部からは「絶賛」の声も上がる。内容は、原発御用学者の寝言・戯(ざれ)言を集め真実を否定するものなのだが、その影響力は決して軽視できない。

確信犯が勢ぞろい

 まずは執筆陣を見よう。開沼博は社会学者で立命館大准教授。福島原発事故をきっかけに「反・反原発」の確信犯として脚光を浴びた。早野龍五は原発事故直後から甲状腺がんの子どもの発生など不都合な真実に一貫して目をつぶり福島の安全宣伝だけを行ってきた。野口邦和や安齋育郎は「反原発派」を標榜しながら被曝の危険性を否定し積極的なテレビ出演などを行ってきた。被害者の福島県民に寄り添うふりをしながら、加害者の国・東京電力を免罪する方向での世論誘導を巧みに行ってきた連中が勢ぞろいしている。

 罪深いのは、反原発運動に大きな影響のある「さようなら原発1000万人アクション」の呼びかけ人・池田香代子が執筆陣に加わるなど、少なくない「反原発運動リーダー」が取り込まれていることだ。清水修二福島大副学長は、福島県民集会呼びかけ人でありながら福島県民健康調査検討委員を務めるなど、反原発運動内部から一貫して健康被害もみ消しを続けてきた。

棄民政策と一致

 執筆陣がこの調子なら内容も内容だ。「いたずらに福島の危険性と風評被害をあおり立てる反原発派」への敵意と根拠のないデマや印象操作に貫かれている。

 前書きで清水は、福島第1原発の収束作業の将来に悲観的な反原発運動側の主張を「福島の復興を望んでいないかのようだ」と決めつける。グローバル資本本位の「復興」内容を問うこともなく、事故後30年経ったチェルノブイリでさえ収束していないのに福島原発事故が今後数年で収束すると考える根拠は何なのか。

 参加者に配る弁当を「放射能フリー」と強調する会議主催者にも、清水は「福島差別」だとかみつく。食品の安全を強調することの何がいけないのか。この論法で行けば戦争反対を訴えることは軍需産業労働者への差別、安倍政権打倒を訴えることは安倍支持者への差別となる。こうした発言が「有識者」から平然と飛び出す現状は、沖縄での米軍機墜落事故で被害者がバッシングされる深刻なネット言論状況などの反映だ。

 絵本作家・松本春野は九州の生協「グリーンコープ連合」が東北応援フェアから福島産を除外したと主張する。もともとこの事件は地元紙・福島民友が報じて表面化したが、グリーンコープ側が「福島産排除の事実はない」と証拠まで示して福島民友に訂正を求めている。明らかな事実誤認に基づくデマも彼らは平然と垂れ流して恥じない。

 重大なのは、本書が一貫して被曝の影響を否定し(1)福島産の食品からは今後、基準値を超える放射性セシウムは検出されない(2)健康被害は今後は起きないと印象づけた上、除染目標1_シーベルトの基準や米の全量検査からサンプル検査への緩和、県民健康調査の縮小をめざす内容で貫かれていることだ。どれも政府が目指す棄民政策の方向と一致する。

 一般には必ずしも政府側とはみられていない「有識者」を巻き込んでこうした言論を展開する本書に対し、放射能安全神話を形成して原発再稼働を図る安倍政権への「下からの翼賛運動」とする批判は正しい。

運動内部にも反省点

 反原発運動の一部にも反省すべき点がある。原発事故直後、ツイッターを中心に「EM菌(農業用微生物資材とされるもの)が被曝した身体にいい」「ペクチンに放射能排出効果がある」「福島原発事故による放射能の影響で、今後数年間のうちに首都圏で1千万人が死ぬ」などというニセ情報が大量に拡散された。

 EM菌に科学的根拠はなく、その効果は確認されていない。1千万人の死者発生は今回の事故からは現実には考えられない誇張だ。チェルノブイリ現地ではペクチンの放射性物質排出効果を有効視する見解もあるが、「ペクチンがあるから汚染食品を食べてもよいとの誤解を与える」(現地で医療活動に当たってきたバンダジェフスキー博士)として推奨されていない。

こうした不正確で非科学的な情報を流し続ける一部「反原発論者」の存在が、結果的に原発事故の被害抑え込みを狙う本書執筆陣につけ入る口実を与えた。だが皮肉なことに、非科学的「反原発派」と彼らに反発する本書執筆陣は、立場が逆なだけで生き写しの関係だ。EM菌の効果をネットで大宣伝した過去を持ちながら、今は本書執筆陣に加わっている池田がそれを余すところなく象徴している。

 ともに不正確な情報拡散を繰り返す、「反原発論者」と本書執筆陣との不毛な空中戦からは、福島原発事故による日本の科学の権威失墜という厳しい現実も見える。だが、真の意味で被害者に寄り添う立場に立ち、事実と科学に依拠して原発推進勢力と闘う科学者や医療関係者も存在する。そうした市民科学者や、自らも科学的姿勢で学び原発事故の被害と向き合う市民だけが御用学者との論争に勝つことができる。本書が逆説的に教えてくれる重い教訓だ。

          (T)



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